撮影/大友博
撮影/大友博
大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など
大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など

 まずはこの、2009年の春に僕が撮影した写真をご覧いただきたい(記録用に持って行った当時としては最新のパナソニック製コンパクト・デジタル・カメラを使用。もちろんスマートフォンなどで撮ったものではありません)。ロック・ファンというか、ロックに関心のある方なら、すぐにおわかりだろう。そう、あのアルバム。今から43年のちょうど今ごろ、1975年2月24日に発表されたレッド・ツェッペリンの通算6作目『フィジカル・グラフィティ』の凝りに凝ったジャケットによって広くその存在を知られるようになった、ニューヨークのあの建物である。

 などといきなり偉そうに書いてしまったが、この件に関しては、ちょっと恥ずかしい思い出が…。

 1988年の夏、仕事で1週間近くニューヨークに滞在したことがあり、オフの時間は、一人で主にグリニッジヴィレッジ周辺を歩き回った。ある日、無名時代のジミ・ヘンドリックスが活動拠点の一つとしていたクラブ、カフェ・ホワ?を訪ねて感慨にふけったあと、何気なく周囲を見回すと、この写真と同じような集合住宅がいくつか建っていた。正直にいうと当時はまだツェッペリンの音楽に積極的には興味を持てずにいたのだが(恐るべきオクテ)、まあそれでも当然のことながら、「あ、あのアルバムの」となったわけである。しかし、それは何棟かある同タイプの住宅(正確には、Tenement。間違ってもマンションとは呼ばないでください)の一部だったわけであり、「あの建物」ではない。たしか、写真も撮ってきて一人悦に入っていたら、よく見ると、外階段の向きが逆だったりして、恥ずかしい間違いに気づいたのだった。

 それから何年かして、ようやく「本物」が建つ場所を知り、ようやくきちんとした写真を撮ることができたという次第。ちなみに住所は、セント・マークス・プレイスの96と98。ファースト・アヴェニューとアヴェニューAの間にある。以前、ジミ・ヘンドリックスをテーマにした回でも書いたが、エレクトリック・レディ・スタジオを出て、8thストリートを南東に向かってしばらく歩くと、その道がセント・マークス・プレイスと名を変え、右手にツェッペリンのメンバーやスタッフたちを惹きつけた建物が見えてくる。住所からもわかるように、実際には、2つのテネメントが合体したものということのようだ。

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大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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