そこが病院ならば待合室でスマートフォンを取り出し、原稿を書き出す。書きかけのまま寝かせている原稿にもがんにちなんだエピソードはあるが、「ぽい」ことへの関心が強い人にはまだ足りないかもしれない。これを盛り込めば……と、そばにいる配偶者に青い顔で話す。いなければ心の中でつぶやく。

「これを盛り込めば『ご期待』にこたえられそうだ」

 そうした体のつらさには波がある。これに対し、心のほうは波があるにせよ、最初のショックが大きい。病気になる前、漠然とそう思っていた。

 がんの疑いを指摘された人間ドックの結果を人にどう伝えるか。テレビドラマならば初回に出てきそうな話を次回、紹介する。

 2016年1月15日夕。福島に単身赴任していた私は東京・築地の本社で打ち合わせを終え、配偶者と近くの銀座で待ち合わせていた。街並みのにぎわいも、空気の冷たさも、ふだんと何も変わらない。

 ただ一つ、その日の昼間、福島の職場に届いた1通の封筒がカバンに入っていることを除けば……。

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野上祐

野上祐

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

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