垣添:がんの経験をされて、考え方やものの感じ方が変わったのですね。

大林:告知を受けてから、アリ一匹、蚊一匹殺していません。道端の草一本、踏みつぶさない。同じ命に見えてきたんですね。そんな皮膚感覚がしっかりある。

垣添:「花筐」も、命がテーマですよね。戦争と結核という不条理に命を奪うものに負けない若者たちの物語です。がんは映画作りにも影響がありますか。

大林:撮影のときに出すOKのクオリティーがよくなったかな。やっぱり私自身も弱い生き物のひとつに過ぎないとわかったことは、世界に対して優しい気持ちを持てるし、表現者として、ありがたかったです。だから、がんに対して一言言えってなったら「ありがとう」しか言えません。

垣添:そういうお話は初めてお聞きしました。

大林:私は軍国少年で、敗戦後は、平和ニッポンを作ることを担わされて育った世代。父の義彦は医者で、「人の命を救えるかもしれない」と軍医として自ら戦争に行きました。後に開業医になっても、夜中まで医学書を開いていた。父の遺言は「戦争なんかなくて、みんな健康で幸せなら、医者はいらない。そういう時代を導くために医学をやってきた」でした。私も同じ気持ちです。平和で、緑の芝生でみんなで笑い合って過ごせれば、映画など必要ない。でも今は、戦争を呼び寄せる時代になってきた。だから、映画を使って平和を呼び寄せようとしているのです。

垣添:次回作は、原爆をテーマにした作品ですね。

大林:はい。自分ががんになって反射的に思ったことは、「がんごときには殺されないぞ。がんで死んだら、戦後70年生きてきた意味が何もないぞ」ということです。生きて伝えるべきことが、まだまだいっぱいあるのです。

◎おおばやし・のぶひこ
1938年、広島県生まれ。主な映画に「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の尾道3部作、「HOUSE/ハウス」「あした」「この空の花─長岡花火物語」など。CMディレクターとしてもハリウッドスターを起用し、「マンダム」などで新時代を築いた

◎かきぞえ・ただお
1941年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒。国立がんセンター中央病院長、同総長などを経て、公益財団法人「日本対がん協会」会長。著書に『妻を看取る日』など。7月まで、全国約3500キロを歩く「がんサバイバー支援ウォーク」を展開中。

※対談動画(前編・後編)は、日本対がん協会「がんサバイバー・クラブ」のサイトで視聴できます。

(構成/中村智志)