ハライチの岩井勇気(左) (c)朝日新聞社
ハライチの岩井勇気(左) (c)朝日新聞社

 テレビ東京の深夜番組『ゴッドタン』で、「腐り芸人」という新しいジャンルが生まれた。この番組で「腐っている芸人」の代表として紹介されたのは、ハライチの岩井勇気、インパルスの板倉俊之、平成ノブシコブシの徳井健太。いずれも相方の人気や知名度が高い「じゃない方芸人」に属する。しかし、彼らが腐っているのは、単に相方の方が自分よりも売れているから嫉妬している、という単純なものではない。

 岩井は、ネタ作りを担当している自分は「ゼロから1を作っている」と胸を張る。一方、相方の澤部佑のことは「1を増やすのが得意なだけで、ゼロから1を作れない」とバッサリ斬り捨てている。しかし、現実は非情である。テレビでは岩井よりも澤部の方が重宝され、数多くのバラエティ番組から声がかかり、CMにまで出演している。

 テレビでは自分が思う「100点の笑い」は求められていない。「30点の笑い」が必要とされている。そして、その30点を100点だと思い込める芸人が売れるのだ、と岩井は主張した。岩井が提唱した「テレビの笑い30点理論」は、番組を見たお笑いファンの間でも大きな反響を巻き起こした。

 一方、板倉は、相方の度重なる不祥事で足を引っ張られている上に、グルメ番組で料理を食べて気の利いたコメントをするような「テレビのお約束」に馴染めないと告白した。そして徳井は、相方に暴言を吐かれたことをいつまでも根に持っていて、「殺したいと思っている」と公言していた。徳井には「腐っている芸人」というよりも単に「危ない人間」という表現の方がふさわしいかもしれない。

 彼らに共通しているのは、「芸人として自分が求めている笑い」と「テレビで求められる笑い」のギャップに苦しめられているということだ。「腐る」という言葉の辞書的な意味は「思いどおりに事が運ばないため、やる気をなくしてしまう」である(小学館『デジタル大辞泉』より)。思い通りにならないことに苛立つのは、思いが強いことの裏返しでもある。彼らは笑いに懸ける気持ちが強く、理想が高いからこそ、そこに深い挫折感と絶望を感じて、腐ってしまうのだ。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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