恐るべき“背番号の魔力”  変更が裏目に出た選手も… (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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恐るべき“背番号の魔力”  変更が裏目に出た選手も…

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西尾典文dot.
広島・堂林翔太 (c)朝日新聞社

広島・堂林翔太 (c)朝日新聞社

 前田健太(ドジャース)も広島時代に背番号を変更して大きな飛躍を遂げた選手だ。前田と言えば背番号18の印象が完全に定着しているが、プロ入り1年目の2007年だけは34をつけている。この年はルーキーながら二軍でチーム最多の投球回を投げて5勝をマーク。その年限りで佐々岡真司が引退し、将来のエースを期待されて2年目から18を背負うこととなった。一軍で全く実績がないままエース番号を引き継ぐ形となったが、前田はその期待に応えてその年にいきなり9勝をマーク。2010年からは6年連続二桁勝利をマークし、最多勝と最多奪三振を2回、最優秀防御率を3回と数々のタイトルを獲得し、沢村賞にも2度輝く球界を代表する投手へ成長を遂げたのだ。2016年からは移籍したメジャーでも同じ背番号18を背負い、2年連続で二桁勝利をマークするなど見事な活躍を見せている。

 柳田や前田のように小さい背番号へ変更となったことで、さらに飛躍した選手がいる一方で、逆にその期待に応えられずに成績を落としてしまう選手がいることも事実である。近年では堂林翔太(広島)がそのような選手の代表例だろう。プロ入り3年目に全144試合に出場してチームトップの14本塁打を放ち、オールスターにも選ばれるなど華々しいデビューを飾ると、翌年からは背番号13から当時の野村謙二郎監督が現役時代につけていた7へ変更となった。しかし課題の守備と打撃の粗さが改善されずに成績は年々下降線を辿り、2015年に緒方孝市監督が就任すると一軍の出場機会は激減。この3年間でわずか42安打、3本塁打に終わり、チームの連覇にも大きく貢献することができなかった。内野では若手の西川龍馬が台頭し、外野の層も厚いためレギュラー獲得は今シーズンも容易ではない。ただ年齢的にはまだ27歳と若いだけに、持ち味である長打力で何とかアピールしたいところだ。

 堂林とは逆に大きい背番号への変更をバネに成績を伸ばした選手もいる。昨年ブレイクした秋山拓巳(阪神)だ。ルーキーの2010年に4勝をマークしてからは6年間でわずか2勝に終わり、昨年から7年背負った背番号27から46に変更。ここでダメなら戦力外という可能性もあったが、開幕からローテーションに定着するとチームトップの12勝をマークして見せたのだ。秋山の成功の要因は制球力の向上とシュートを覚えたことが大きい。規定投球回数に到達した投手の中で12球団最小の16四球という数字を残しながら、6死球を記録しているところによく内角を攻めていることを表している。背番号を変えられたことによる危機感がモデルチェンジを成功させたと言えなくもないだろう。

 昨年の活躍によって今季では外崎修汰(西武:44→5)、美馬学(楽天:31→15)、安部友裕(広島:60→6)、桑原将志(DeNA:37→1)などが小さい番号に変更になっている。また逆にこれまでつけていた小さい背番号を失った選手もいる。彼らがこの変更を機にどのような成績を残すかにもぜひ注目してもらいたい。(文・西尾典文)

●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。


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