■大切なのは「問題が起きる前に予防すること」

「人間の安全保障」とは、94年に国連開発計画(UNDP)の報告書で初めて公に使用された概念だ。提唱されて20年以上経つが、とりまく環境は大きく変わっている。先の3点に加え、グテーレス氏が挙げたもう3点の課題は、いずれも時代の動きを反映している。

 ひとつが、グローバリゼーションによって生じる格差。「世界では、もっとも裕福な8人が全世界の人口の50%、あるいは貧しい30億人がもつお金と同額の富を手にしている」と、グテーレス氏は危機感をもつ。

「技術革新」も脅威だと言う。たとえば遺伝子工学は疾病の治療に役立つが、逆にモンスターを生み出す可能性もある。人工知能も、労働を軽減する一方で、人々から職業を奪う側面もある。

 そして、世界的な人口移動。国内の紛争や気候変動で自国から移動することを余儀なくされた人の人権が、移動した先で侵害されている。

 世界の人々が、それぞれの人権を尊重されながら、安心して生活できる。そんな状態を作るには、どうしたらいいだろう。グテーレス氏は「自分の利害だけにとらわれずに、課題に対応していかねば」としつつ、予測することの重要性を訴える。

「遺伝子工学がモンスターを生む可能性」や「人工知能が人々の職業を奪う可能性」などの脅威は、産業革命のたびに起こってきた。そこに備え、予防する準備ができていないからだ。

「私が深く信じているのは、これらの課題というのは、問題が起きる前にどう予防するか、対応するかであって、問題が起こってからそれを解決しようとするのでは遅いということです」

 テレビでは紛争の様子を伝えてくれるが、紛争が起こらなかった場所で何が行われていたかは伝えてくれない。政治的に何が行われていたか、何が行われるべきか、国際協力体制において何が行われるべきか。予測だけで問題が解決されるわけではないが、一人ひとりが将来を予測し、自分ごととして考えることが「人間の安全保障」の第一歩かもしれない。