政治家には命が二つある。一つは生物としてのもの、もう一つが政治的なものだ。

 2005年の郵政選挙では稲田氏ら80人を超える新人議員が生まれた。料理研究家、学者、医師。入り込みにくい永田町にさまざまな分野から人が集まり、やがて去っていった。閣僚や党幹部といったキャリアを稲田氏のように積み重ねることもないままに。

 今回、彼女が辞任に追い込まれた事情に同情する余地はない。だが、めざす理想があるならば、ひとつだけ言いたい。

 有権者の信頼を取り戻し、政治生命をつなぎとめて何かをなすためには、本人にとってはいかにつらくても、ここは笑顔の仮面を外し、これまで取り繕ってきたことへの反省を示すことだ。そして、もっとつらい立場に追いやられた人々の生活を少しでもましにするよう頑張ることだ。それが政治の本質ではないか。

 2週間前に開かれた国会の閉会中審査は欠席だった。仮面を外す好機を逃したように思えてならない。

「空」とは「何物にもとらわれず自由な魂で本質を見ること」と本にある。

 今回、防衛相というキャリアを失い、首相候補とまで言われた名声が失われたことは、逆に、より多くの市井の人とつながるチャンスだ。お盆の時期は、地元で人々に頭を下げる絶好の時期でもあったはずだ。

 身を捨てて、いや、笑顔を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ。

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野上祐

野上祐

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

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