“知る人ぞ知る”と呼ばれてきた日本の有名企業の廃業も、すでにおきている。2015年には、折れにくく、書きやすい高品質のチョークとして「チョーク界のロールスロイス」と呼ばれていた羽衣文具(愛知県春日井市)が廃業した。

 黒板に字を書いた時に「とめ」や「はらい」がきれいに出るため、教育関係者を中心に愛好者がたくさんいた。廃業が発表された後は、愛好者からの買いだめを求めるファクスと電話が鳴りやまなかったという。だが、国内では事業の引き受け手が見つからず、製造機械の多くと商標は韓国の企業に譲渡された。前出の友田氏は言う。

「企業の持っている技術や資産を引き継ぐ事業承継は『技術承継』でもあるのですが、工業高校は減少し、若手の人材も不足している。中小企業が廃業すると、地方経済への打撃も大きい。政府は18年度から中小企業が事業承継をしやすくするよう税制が改正する予定ですが、さらなる対策が必要です」

 望月さんは、昨年10月に事業に関するすべての清算を終えた。ベトナム人が機械を買い取ってくれたおかげで、工場の敷地を更地にすることもできた。ただ、手元にはお金はまったく残らなかった。それでも望月さんに後悔はない。

「工場をやっていた時は毎日が不安で、何かに追われているような日々だった。それがようやく終わった。正直、ホッとしました」

 ただ、日本という国の未来を考えると、こうも思う。

「現場の状況が厳しくて、下請けを引き受ける中小企業の多様性がどんどん失われている。このままでは日本の『ものづくり文化』が持続するとは思えない」

 日本の企業の総数に占める中小企業の割合は99.7%。株高の話題が繰り返しニュースになるなか、日本経済を支えてきた技術や知識、ノウハウといった「宝物」が消えている。(AERA dot.編集部・西岡千史)