世界には紛争や災害などが起きて病院が機能しなくなり、十分な医療が受けられない国や地域がたくさんあります。そんな地域に医療を提供する「国境なき医師団」とは、どんな団体なのでしょうか? 毎月話題になったニュースを子ども向けにやさしく解説してくれている、小中学生向けの月刊ニュースマガジン『ジュニアエラ』に掲載された、国境なき医師団 手術室看護師の白川優子さんに話を聞きました。

シリア・ラッカ近郊のタルアブヤド病院で「手術室の看護師長」を務める白川さん(2017年8月/写真:国境なき医師団提供)/http://www.msf.or.jp/
シリア・ラッカ近郊のタルアブヤド病院で「手術室の看護師長」を務める白川さん(2017年8月/写真:国境なき医師団提供)/http://www.msf.or.jp/

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 私は国際NGO国境なき医師団の看護師として、そうした地域で緊急医療支援活動をしています。

 2017年7月下旬から9月下旬は、シリア北部のラッカ近郊の病院にいました。ラッカは過激派組織「イスラム国」(IS)が「首都」と称したISの一大拠点です。当時、アメリカ軍主導の有志連合が、ラッカを奪還するために街を空爆していました。逃げたくても街の周辺にはISが敷設した地雷や爆弾が仕掛けられています。逃げても地獄、逃げなくても地獄。多くの人の命が奪われました。

 私のいる郊外の病院には重傷を負った人たちが、昼も夜も運ばれてきました。とくに地雷による負傷者が多いのが特徴でした。地雷を踏んだ人はまず助かりません。後に続く2番目、3番目の人は重症を負います。家族ぐるみで運ばれてくることが多く、負傷者には女性と子どもが多かったです。

 空爆で大けがを負った25歳の妊婦さんは、おなかの中の赤ちゃんと夫を同時に亡くしました。重傷の4歳の女の子は、お母さんを亡くし、お父さんは地雷にふれて両足を切断。頭蓋骨も砕けてしまいました。本当は患者さん一人ひとりの声を聞き、その人の家族や歴史を大切にした看護をしたいのに、その余裕はありませんでした。

 1日の手術件数は最大12件まで増え、夜もほとんど眠れません。約2カ月で休みが取れたのはたった1日でした。

 11月1日から5週間、またシリアに行きました。それは、誰かが行かなくてはならないからです。いちばんつらいのは現地の人々です。何の罪もないのに、この現実と向きあって生きていかなければなりません。そんな中、一人の医師、一人の看護師がそこにいるだけで、人々に希望を与えることができます。私は希望を届けたいのです。

 今、世界で起きている争いごとは、本当に間違っています。人種や宗教や考えが違うからといって差別をしたり、権利を奪ったり、虐げたり、命を脅かしたりすることは、けっしてあってはならないことです。

 普段から違いを個性として受け入れ、尊重しあうことが大切です。それによって、新しい戦争が起こるのを食い止めましょう。

●白川優子さん
1973年、埼玉県生まれ。日本で約7年看護師を務めた後、オーストラリアの大学に留学。2010年に国境なき医師団に参加。これまで9カ国、計16回派遣された(17年12月現在)

【キーワード:国境なき医師団
1971年にフランスで医師とジャーナリストによって設立された国際NGO。紛争や災害、貧困などによって命の危機に直面している人々に医療を提供する、営利を目的としない民間の団体。日本を含む29カ国に事務局があり、約70の国と地域で援助活動を行っている。99年にノーベル平和賞を受賞。

※月刊ジュニアエラ 2018年1月号より

ジュニアエラ 2018年 01 月号 [雑誌]

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AERA dot.編集部
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