5年目をむかえた黒田総裁の「異次元緩和」。物価上昇率は1%以下にとどまっている(c)朝日新聞社
5年目をむかえた黒田総裁の「異次元緩和」。物価上昇率は1%以下にとどまっている(c)朝日新聞社

 内閣府は2017年10月に発表した8月の景気動向指数で、11カ月連続で基調判断を「改善している」と表現。2012年12月からの景気拡大局面は、1965年11月から70年7月まで続いた「いざなぎ景気」に並ぶことになった。また、経済指標を見ても、有効求人倍率が初めて全都道府県で1倍を超え、企業収益も12.5%と高い数値を記録しているという。

 しかし一方で、生活者の実感は伴わない。1人あたりの実質賃金は0.8%の上昇にとどまり、会社が新たに生み出した価値をどれだけ人件費に回したかを示す労働分配率も、12年の69.2%から16年は64.7%に下がっている。

「いざなぎ超え」の威勢のいい掛け声とは裏腹に、日本人には深い倦怠感が蓄積している。

 『日銀と政治 暗闘の20年史』の著者で、経済部、日銀担当記者として長年金融政策を取材してきた朝日新聞記者・鯨岡仁氏は、「経済と経済政策の問題は、病気の治療にたとえて考えるとわかりやすい」という。

 経済はデフレーション(デフレ)になるのもよくないが、逆にインフレーション(インフレ)になりすぎるのもよくない。たとえば健康診断で、血圧の値が低すぎてもよくないし、高すぎるのもよくないことに似ている。ちょうどよい正常の範囲が、健康な状態なのだ。鯨岡記者に、今の日本経済について話を伺った。

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■治療のタイミングを逃してきた経済政策

 たとえば、がんの治療では、その進行度や状況によって、適切な手法とタイミングが異なる。あるときは、原発部を手術で切除してから、抗がん剤で体中に散らばったがんを退治する。逆に、抗がん剤でがんを小さくしてから、手術することもある。

 それと同様、経済政策にも、症状に応じた処方箋とタイミングというものがある。インフレのとき、デフレのときでは、処方箋は当然、異なる。しかし、これまで日本の経済政策は、ちょっと前の診断に基づいた処方箋が、ベストな時期から遅れて実行され、事態をより悪化させることが多かったのだという。

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