これはASDではなく、人生を生き抜いてくる過程で学んだ反応パターンです。心理学用語でいえば「学習」です。大げさに言えば「トラウマ」とも言えます(学術的には、トラウマは死もしくは重症を負うような事件を体験したり性的暴力を受けた場合に使う用語なのでこの場合は当てはまりません)。人間の場合、学習したものは学習を書き換えること(心理学では「脱学習」といいます)も可能です。

 脱学習をしないまでも、夫側に何が起こっているのかということを二人が理解したことは、大きな意味のあることでした。

 夫は、8歳の時の自分と同じようにふるまっているのはおかしいと気づき、妻は、夫の行動は自分に愛情がなくなったからではなく、自分に頑張っていることを褒めてほしいという気持ちなのだと気付きました。その上で香織さんは、

「褒めてほしいなんて…」

と言うので、私は、

「褒めてほしいということは、香織さんに愛されたいってことですよね。それはそもそも、香織さんを愛しているからこそ、香織さんに褒めてほしいってことですよね」

と言いました。

お二人の表情が変わりました。

「この人はASDだから(この人はこういう性格だから)仕方ない」と決めつけてしまうと、我慢か離婚かの究極の二択という“あり地獄”に落ちてしまいます。相手の行動の裏にあるメカニズムがわかると、現実的な手を考えることができるようになったり、相手の行動が変わらなくても、自分の見え方が変わったりするのです。

※文中の例は、現実のご相談を基に再構成しています

(文/西澤寿樹)

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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