■寂しがり屋だった悪役の本性

 境界型パーソナリティ障害は人口の1~2%が罹患しており、特に多い先進国では増加傾向にある。遺伝的背景よりも環境因子の関与が大きく、発達期の脳の脆弱性があるところに、大きなストレスがかかると発症に至る。

 アナキンはスクラップ商の奴隷の母子家庭という最底辺の暮らしからジェダイによって救出されたものの、母とは生き別れになり再会は母の死の床であった。ジェダイ騎士団の中の厳しい競争と師匠オビ=ワン・ケノービとの緊張した関係、パドメとの恋と破局、パドメの死後に生き別れた子どもたちルークやレイアとの戦いなど、これでもかというストレスの連続である。

 ただ、アナキンの不可解な行動はDSM-IVのクラスターB(劇場型)の異常行動でも説明が可能であることから境界型パーソナリティ障害の診断を下すには若干の問題があるとブラジルの精神科医Felipe Filardi da Rochaは反論する。この反論にBuiはダース・ベイダーが一度も精神科専門医の診断を受けておらず、これ以上の鑑別は難しいとしている。

 一般に30代以降、境界型パーソナリティ障害は症状が改善して社会生活が安定していくことが多い。ダース・ベイダーはルークとの戦いの中で良心に目覚め、悪の皇帝を倒した後に「フォースに選ばれし者」として息絶える。

 ルークに残したアナキン最期の言葉は「お前は正しかった。私には善の心が残っていた。妹にもそう言ってやれ」。

「スター・ウォーズ」シリーズ全編を通して、単純な勧善懲悪でない、登場人物の複雑な性格設定がなされており、これが複雑化した現代社会の若者たちに受け入れられるゆえんかもしれない。

(文/早川智)

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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