みんなが求めるのは、「赤ちゃんと一緒に働ける社会」ではなく、「赤ちゃんがいても働ける社会」なのです。赤ちゃんがいても、それで仕事が妨げられないような、両立可能な社会です。緒方議員も、この騒動に意見する人も、その視点を間違えないでもらいたいのです。

 まあ、世の中には、「早いうちから保育園に入れるなんて愛がない」とか、「ベビーカーを電車に乗せるなんて迷惑だ」と言ってくるような人がまだまだたくさんいるわけで……、私も、息子が泣いてうるさかったら電車をおりたり、人が多ければベビーカーをたたんで抱っこに変えたり、やっぱり気を使います。それでも、「赤ちゃんがいる社会を受け入れよう」とベビーカーを電車に乗せるのを手伝ってくれたり、段差で助けてくれる人がいたりして、きっとアグネス論争があった30年前よりは変わっているのではないかという気はするのです。

 緒方議員は、結局その後、処分を受けたそうで、そのことに対し「働く女性差別だ」と批判をしている人がいますが、これもまた別問題で論点のズレ。処分を受けておくべきです。オーストラリアでは議会の規則として許可がおりていたのに対して、彼女は本市議会の「議員以外が議場に立ち入ることを禁ず」という規則を破っているわけです。問題提起のためとはいえ、はっきりいって、政治に携わる人間が堂々と「決め事を破る」行為をするのは、信頼の面からいって最悪です。もし彼女が子どもに関する素晴らしい規則をつくっても、「守る必要はない」「だってあなた、前にルール破ったでしょ?」と言われても文句は言えない立場になるのです。その点は、政治家としてもう少しうまくやれなかったかな、と思います。

 私は「いい加減にしてよ緒方議員」とは言いませんが、もし働く女性問題を世の中に再考させる戦略を練っていたくらい計画性があるなら、「もう少し捻ってよ緒方議員」とは言いたいです。議会のドアを蹴破り強行突破して問題提起するより、ドアのすぐ外で、「今、どこにも預けられる場所がないんです」なんて言いながら、子どもがいることの大変さを見せつけてやればよかったのではないかと。泣きわめき、走り回り、なんでも拾って口に入れ、たったの1秒も目が離せない子どものモンスターっぷりを。議長に、育児は女がやって当然だった世代のオジサマ政治家たちに、ついでに育児を手伝わない世の中の旦那さん達にも、アピールすればよかったのではないかと。その後、赤ちゃんを預かったという友人が助けに来て、「助かった~」と泣き崩れるような芝居でもうっていたら、わりと完璧だったのではないかなぁ、と思うんですけれど。

 でも、それくらいだと、テレビでニュースにならないのかな?

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杉山奈津子

杉山奈津子

杉山奈津子(すぎやま・なつこ) 1982年、静岡県生まれ。東京大学薬学部卒業後、うつによりしばらく実家で休養。厚生労働省管轄医療財団勤務を経て、現在、講演・執筆など医療の啓発活動に努める。1児の母。著書に『偏差値29から東大に合格した私の超独学勉強法』『偏差値29でも東大に合格できた! 「捨てる」記憶術』『「うつ」と上手につきあう本 少しずつ、ゆっくりと元気になるヒント』など。ツイッターのアカウントは@suginat

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