「野茂VSイチロー」「クレメンスVS落合」…日米野球の名勝負を振り返る! (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「野茂VSイチロー」「クレメンスVS落合」…日米野球の名勝負を振り返る!

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日米野球最終戦を終え、表彰式を前に談笑するMVPのソーサとイチロー=98年撮影 (c)朝日新聞社

日米野球最終戦を終え、表彰式を前に談笑するMVPのソーサとイチロー=98年撮影 (c)朝日新聞社

【ロジャー・クレメンスvs落合博満】

 1992年のメジャー選抜には、サイ・ヤング賞を通算7回獲得し、歴代3位の通算4672奪三振をマークすることになるロジャー・クレメンスがいた。30歳となっていたクレメンスはこの年、18勝11敗、リーグトップの防御率2.41の好成績をマーク。前年には自身3度目のサイ・ヤング賞を獲得しており、メジャー最高峰の投手であることを疑う者はいなかった。

 一方、日本には三冠王3回の落合博満がいた。ただし、こちらはすでに38歳。シーズン終盤に急失速したのが響き、打率.292、22本塁打、71打点にとどまってタイトルに手が届いていなかったが、それでも第4戦でホームランを放って健在をアピールしていた。

 続く第5戦でクレメンスと対戦した落合は、1打席目でセンターフライ。4回の2打席目は速球に食らいついてファウルするなど粘りを見せたが、最後はクレメンスが外角いっぱいのスライダーで落合を見逃し三振。さしもの落合も全くバットが出なかった。

 クレメンスはこの年、2試合に投げて15奪三振、無失点と圧巻のピッチング。日本の打者たちにメジャーの頂点に立つ投手の凄みを見せつけた。


【野茂英雄vsイチロー】

 1994年の日米野球はメジャーリーグで起こったストライキの影響を受けて開催中止。そのため96年は4年ぶりの開催だった。

 この年の目玉は、前年の95年に日本人史上2人目のメジャーリーガーとなり、瞬く間の大活躍でトルネード旋風を巻き起こして新人王に輝いたドジャースの野茂英雄投手だった。

 その野茂が凱旋するとあって注目度はうなぎのぼり。日本選抜の誇る強打者との対決をファンは食い入るように見つめ、一挙手一投足を見逃さぬように息をのんでいた。

 第2戦の先発マウンドに上がった野茂が最初に対戦したのは、3年連続でパ・リーグ首位打者にしてMVPのイチロー。3年ぶりの対決はストレートが2球ボールとなった後の3球目、真ん中に甘く入ってきた速球にイチローのバットが一閃。鋭い打球が野茂の足元を抜けてセンター前へ転がった。

 メジャーでも大活躍する野茂が相手でも得意のセンター返しを見せたイチローは、この4年後のオフにメジャー移籍を表明。その後の大活躍は語るまでもないだろう。


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