「難治がん」の記者 ウーマン・村本が「ニヤリ」としたAbemaTVでの発言

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝... (16:00)dot.

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝... (16:00)dot.
 働き盛りの45歳男性。がんの疑いを指摘された朝日新聞記者の野上祐さんは、手術後、厳しい結果を医師から告げられる。抗がん剤治療を受けながら闘病中。

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 先月27日夜、ネットテレビのAbemaTVの「アベマ・プライム」に出演した。

 東京・六本木のテレビ朝日に向けて家を出発してすぐに、腰が浮き気味なのに気づいた。緊張しかかっているようだ。「手術前でも緊張しなかったのに、なぜ」。医師任せの手術と違い、番組でどれだけ話せるかは自分次第だと考えるからだろう、と見当をつけた。

 なにしろ、しゃべりたいことをプリントアウトしたらA4サイズで8ページ分もある。出演のきっかけをくれた友人からは「言いたいこと遠慮しないで全部言ってきて。割り込みまくって!」とアドバイスされていた。

 テレビ局の控え室には私のために看護師さんと簡易ベッドが用意されていた。そこにあった水のペットボトルを彼女に渡して「何か厳しい質問をされたら倒れるので、よろしく」と冗談を言うと、律儀に笑い返してくれた。

 控室に顔を見せた先輩とくだらない話をして、かたまりになりかけた緊張感をすりつぶした。実はこのコラムに毎回添えられている写真も彼と笑いあっている場面なのだ。少し失礼な冗談を言いつつ、このタイミングで来てくれたことに心の中で感謝する。

 簡単な打ち合わせと人工肛門の手当てを済ませれば準備終了だ。番組紹介の大きなポスターが壁に張りつめられた廊下を歩いてスタジオに向かいながら、不思議な気分になった。

 政治記者は、担当する政治家が報道番組に出るときはテレビ局で視聴し、出演を終えた本人に発言の意図やニュアンスを確かめる。この局にも何度も来た。それが病気になり、取材者から出演者に立場を変えて、いまここにいる。おかしなものだ、と。

 スタジオでは、カメラに映らない場所に大勢の人がいた。ライトで照らされた出演者よりはるかに多い。陰から光の中へ出ていくと、ほかの出演者たちが声をかけてくれた。

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