辻仁成さん(撮影/Takeshi Miyamoto)
辻仁成さん(撮影/Takeshi Miyamoto)

 作家人生で初となる料理小説『エッグマン』を手がけた辻仁成さん。毎日キッチンに立ち続けた経験が物語の中に息づいている。料理のモットーは「手間と時間をたっぷりかけること」。それは、一人息子に愛情を伝えるためであり、自らが立ち直るためにすがった手段でもあった。シングルファーザーの子育て、料理へのこだわりと思いなどを伺った。

――息子さんへ語りかけるようなツイッターも話題ですが、息子さんに作った料理も話題になっています。どんな思いで作り始めたのですか?

 料理で息子を勇気づける。それが目的でした。

 離婚していきなり片親になってしまった。親が抱えた問題に、息子は巻き込まれてしまったわけです。そんな状況で、「お前のことを愛してるよ」といくら言ったって信用してもらえないだろう、と。言葉を積み重ねる代わりに食事を作ろう。おいしいもので元気にしよう――。その思いでキッチンに立ちました。

 二人で暮らし始めてから、キッチンの横のテーブルで仕事をすることが多くなりました。鍋を火にかけ、コトコトと煮える音を聞きながら。仕事をしながら鍋を焦がすこともない。一石二鳥なんです。

 朝はお弁当を作りました。息子が日本に行くたびに「お弁当がおいしい」と言っていたので、朝ごはんを弁当箱に詰めてみたら、楽しさもあったのかペロリとたいらげてくれて。3年間「朝弁」を続けましたが、しかし、ある日息子から「もう作らなくていいよ」と。ずっと親父の姿を見てきて、大変だと理解したんだと思う。成長したんですね。今では自分でトーストを焼いて食べています。僕も最初は必死だったけど、料理することが当たり前になり、もう無理して頑張ることはないかな、というところまで落ち着きました。

 息子にはこれまで一度も「愛してる」とは言わなかった。そんなこと言われたら、重いしウザいよね(笑)。僕が口にするのは唯一「ごはんだよ。テーブルに着きなさい」。息子も「おいしい」しか言わないけど、それが彼なりの感謝の表現だと思っています。

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