秋山竜次さん (c)朝日新聞社
秋山竜次さん (c)朝日新聞社
コントトリオ「ロバート」の3人 (c)朝日新聞社
コントトリオ「ロバート」の3人 (c)朝日新聞社

 今から20年ほど前に、新宿の外れにある喫茶店に入って驚いたことがある。自分のまわりのすべてのテーブルで、マルチ商法らしきものの勧誘が行われていたのだ。テーブルの一方には、やたらと明るくハキハキとまくし立てるようにしゃべり続ける男性がいて、もう一方にはそれにじっと耳を傾けている気弱そうな若者がいた。それほど広くはない店内の3~4カ所で同時にそれが行われていたのは、目を見張るような光景だった。

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 直後に、深夜で放送されていた『はねるのトびら』を見て、それとほぼ同じものがコントとして展開されているのを目にして大笑いしてしまった。ロバートの秋山竜次が演じる中年男性が、娘の交際相手である青年に怪しいビジネスの話を持ちかけていたのだ。甲高い声、飛躍の目立つ論理展開、耳慣れない独自の用語など、あの手の人にありがちなあの感じが、完璧に近い形で再現されていた。

 その後、ロバートはコント芸人としての評価を確立させ、2011年には『キングオブコント』で優勝を果たした。そして、近年では秋山がさまざまなクリエイターを1人で演じきる「クリエイターズ・ファイル」という企画も話題になっている。

 これは、もともとは雑誌の連載企画として始まったもの。「アース・フォトグラファー」のキブネ・シン、「トータル・ウェディング・プロデューサー」の揚江美子など、秋山がいかにも実在しそうな妙な肩書のクリエイターに扮して、それっぽい感じでインタビューに答えている。雑誌の連載から派生して書籍が出版され、写真展まで開催された。中でも、「トータル・ファッション・アドバイザー」である「YOKO FUCHIGAMI」の出世ぶりはすさまじい。そのキャラクターは完全に独り歩きを始めていて、『YOKO FUCHIGAMI IGIRISU』というオフィシャルブックまで発売されてしまった。彼女がデザインしたというショルダーバッグやポーチが付録としてついてくる。

 秋山のなりきり芸の面白さの本質は、「誰でもない誰か」を作り上げる発想力である。それは「編集力」と言い換えてもいいかもしれない。例えば、ファッション・デザイナーのことを考えるとき、私たちの頭の中には何らかの漠然としたイメージが思い浮かぶ。具体的な人物が出てくる場合もあれば、複数の人に共通した特徴のようなものが連想されることもある。

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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