世界の中で標高3000m以上に居住するのはアンデス高地民、エチオピア高地民そしてチベット高地民である。彼らは各々「ヘモグロビン増加」「酸素飽和度増加」「血流増加」という三つの異なった方式で適応してきた。

 マラソンの選手が高地トレーニングを行うとヘモグロビンが増えてくるので、アンデス高地の適応は後天的なものである。この方法の致命的なところは必然的に多血症による合併症を伴うことで、脳循環障害の重要な要因となる。

 一方、チベットではヘモグロビン濃度はむしろ低く、これを上回る肺活量、肺換気応答、血流増加などの適応が生じる。この形質はEPAS1(hypoxiainducible factor-2α;HIF-2α)ハプロタイプによって遺伝することが判明した。この事実を明らかにした米国カリフォルニア大学バークレー校のNielsenのグループは、チベット人に多い変異型EPAS1の持ち主を世界中に求めたが、現生人類ではチベット人と近縁のシェルパ族、そして漢民族のごく一部に見つかっただけだった。彼らはさらに、ネアンデルタール人を含む化石人のゲノムを比較したところ、この変異が数万年前に絶滅した先史人類デニソワ人に由来することが判明した。

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