そこで、吉本興業は新たに権利ビジネスに乗り出すことにした。制作会社を立ち上げて、番組や映像ソフトを自前で制作する。また、芸人たちのライブやネタを収録したDVDを自ら発売する。こういった形で、コンテンツの権利を手元に残して、それを収益源にするというビジネスに乗り出したのだ。
もともと芸人は、舞台に立って目の前の観客を笑わせるのが仕事である。そんな芸人たちのクリエイティブな才能は、地上波テレビの枠だけには収まらない可能性を秘めていた。それをさまざまな形で生かすことができれば、吉本興業として新しいコンテンツを生み出すことができる。もちろん、Amazon、Netflixといったグローバル企業にとっても、日本のテレビで名が知られている吉本芸人の集客力はあなどれない。
結局のところ、吉本興業が意識しているのは、作り手としての芸人の価値を認めて、そこに直接お金が落ちるようにしたい、ということだ。吉本興業の大崎洋社長も取材などでそのことをたびたび口にしている。
『笑う奴ほどよく眠る 吉本興業社長・大崎洋物語』(常松裕明著、幻冬舎刊)にはこんなエピソードが書かれている。今から20年以上前、ダウンタウンの番組がビデオ化されることになった。漫才、コント、フリートークなどを中心とする彼らの番組は、本人たちが知恵を絞り、身を削って作り上げた「作品」である、と大崎は考えていた。
ところが、発売元との交渉の場で提示された印税額は、期待をはるかに下回るものだった。当時はバラエティ番組のビデオ化にはあまり前例がなく、ドラマや映画と同じような扱いを受けていたのだ。
どうしても納得できなかった大崎は、粘り強い交渉を続けた。その結果、当初の提示額を大きく上回る額で契約を結ぶことができた。その後、ダウンタウンの番組は続々と映像ソフトとしてリリースされるようになり、いずれも大ヒットとなった。
この事例からもうかがえるように、吉本興業は芸人の才能を生かし、それを利益に還元することに徹底的にこだわっている。芸能事務所の中でもいち早くAmazon、Netflixに進出しているのもそのためだ。寄席経営から始まった吉本興業の歴史は、あらゆるメディアを芸人が活躍する「寄席」に変えるための戦いの歴史でもあるのだ。(ラリー遠田)