面白いことに、天然痘根絶に役立った種痘ワクチンはワクシニア(ワクチニア)ウイルスである。種痘の創始者ジェンナーが牛痘を用いたことから、現在でも種痘は牛の痘瘡ウイルスと思っている方が多いが、両者はまったく別ものである。ワクシニアは世界中の医療機関や研究所のみに存在し、自然宿主は不明である。その起源として、牛痘ウイルスあるいは痘瘡ウイルスが動物や人間の皮膚で継代されている間に変異を起こしたものであるとも、両者の交雑ウイルスとも言われている。いずれにせよ、オリジナルの牛痘よりさらに副作用が少なく、19世紀半ばにはこれに置き換わった。近年ワクシニアと馬痘ゲノムに類似性があることが指摘されているが、先人が副作用の少ないウイルス株を求めているうちに、牛から馬に置き換わったのだろう。

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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