しかし、薩摩や肥後、土佐といった九州や四国の西南地域では、江戸時代を通じて男色文化が根強く続きました。「若者宿」という同年代の青少年たちが共同生活を送る習俗があり、場合によってはその入会式として性的なイニシエーションが行われたためです。世界的にも見られる「儀礼的同性愛」に近かったのではないか、と。彼らはともに武芸に励んで切磋琢磨し、ある種スパルタ教育の中でハイテンションな生活を送ることで、確実に強くなっていった。江戸で歌舞伎を見て浄瑠璃をうなっているようなチャラチャラした旗本の息子に比べたら、そりゃ確実に戦闘力を身につけるよね(笑)。これらの西南諸藩が明治維新の際に力を発揮したのには、男色を含めたそうした背景があるのです。

――今何かと世間を騒がせている「不倫」も、江戸時代はよくある話だった、と。

 不倫、すなわち「不義密通」は死罪にもなる重い罪でしたが、江戸時代も半ばを過ぎると人妻との不倫は日常化し、罪の意識も薄れていったようです。というのも、罪を確定するには奉行所に届け出が必要で、奉行所は両者の関係者を集めて証言を取ったり前例を調べたりしなければならない。ほかにもたくさん事件を抱えていた奉行所はそれどころではないと、多くは示談にさせた。妻を寝取られた武士が名誉回復のために妻とその情夫(間男)を殺害する「妻敵討」も藩によっては根強く残っていましたが、幕府は奨励していない。「やめろよ、そんな恥の上塗りは」というわけ。

 これが商家だとまた事情が変わってくる。大店の娘は、奉公人の中から有能な婿を取り跡取りを作るケースがほとんど。そもそも結婚に恋だの愛だのは介在してない。だから、妻は金にものを言わせて役者や男娼を買って楽しむ。ホストクラブの走りですね(笑)。夫は夫で、店の経営さえきちんとやっていれば、あとは好きな女性を妾に囲えばいい。奔放とも言えるし、割り切っていたとも言えますね。

――江戸の性愛から学べることは?

 男性同士の「男色」と、女性を相手にする「女色」は、江戸時代はどちらも同じ「色」の道で、同性愛をアブノーマルとするような、その後の時代の差別的な捉え方はあまりなかった。それを知っておくことは必要だと思いますね。現代の多様な性を歴史的に掘り下げ、理解するためにも。この本、LGBTを学ぶ副読本としてもお勧めです。(文/中津海麻子)