しかし、今田さんの凄さは、そのまま店に戻ると、再度何事もなかった様に店から出ててきて、改めて芝居を始めたのだ。それが観客の笑いを誘い、大爆笑に包まれる。大観衆の中での、このアドリブ力には感心させられた。

 1時間という枠のなかで、ストーリー性のある吉本新喜劇は、笑いあり涙ありで、最後にオチがあり、幕が降りる。私のシーンは、まさに最後のオチのシーンであり、いよいよ出番が近付いてきた。一緒にチンピラ役で出る先輩とは、何度も楽屋や廊下で本番前まで合わせてきた。先輩からは、「楽しんでやろうや。自分らが楽しまなきゃ、お客さんも楽しめへん」と心強いアドバイスをもらった。だが、その先輩の声も震えていた。ド緊張のチンピラがいざ戦場へ。

 緊張のあまり先輩の「おい」というセリフにかぶせる感じで、「へい」と大声で叫んでしまったが、なんとか今田さんに銃を向けた。舞台の照明で、お客さんは見えない。見えるのは、あの今田耕司さんだけ。その今田さんの額からは大粒の汗が噴き出すように出ていた。チンピラの迫真の演技による恐怖から出た汗なのか、若手のガチガチの演技による冷や汗だったのか…。真相は今でもわからない。(文/新津勇樹)