座長によって、作り方は様々であるが、結局は、笑いを取ることこそが、芸人の使命であり、笑いが取れれば、ある程度の事は許されるというのが、お笑いの世界という独特な社会である。

 役者経験もある私にとっては、吉本新喜劇の稽古は衝撃であった。
 
 最近、細川たかしさんのモノマネでブレイク中のレイザーラモンRGさんは、吉本新喜劇で陣内さんの公演の時に、3回公演で、3回とも違うモノマネをしていたことがあった。しかも、本番前に「今日は、このモノマネでやります」と言って、それに毎回対応していた陣内さんの対応力には驚いた。

 さらに、その公演には野性爆弾のくっきーこと、川島邦裕さんも出演しており、毎回セリフを変えてきたり、いきなり絡むはずのない若手に本番中、絡んできたりとかなり自由な方だったため、対応する陣内さんの懐の深さには感心した。

 さて、実際の立ち稽古が始まると座長を中心に台本が作られていく。今田耕司さんの班の話をすると、作家さんや演出家さんもいるが、みんなが今田さんの一挙手一投足に注目する。

 また、驚くことにあれだけ多忙な売れっ子の、今田さんは立ち稽古の際には、台本をほとんど持たないのだ。たった本読みを2、3回やっただけで、全体の流れを把握している。これには驚いた。おそらく自宅で台本を読む時間などないくらいテレビの仕事などで多忙なはず。本読みの時間で集中して叩き混んでいるのだろう。多忙な人ほど、集中力が半端ない。座長となれば、舞台に出ずっぱりなのでセリフの量が断トツに多いうえに、台本を訂正しながら、より笑いを作りこんでいくのだから、労働力は想像に絶する。それを僅か2回か3回の稽古でやり遂げるのだから、やはり座長たるゆえんなのである。

 私は常々芸人の凄さを感じていたが、その一つは夜中でも早朝でも、笑いが起こることである。深夜2時にでもなれば、欠伸が止まらずテンションが一番低いはずなのが人間だ。しかし、面白ければ常に舞台上でも、舞台袖でも、客席から見ているスタッフからも笑い声が起こる。面白いに時間は関係ない。だから、芸人は元気なのだ。そして、周りにも元気を与える。ある意味、24時間笑える環境というのは、芸人を辞めたいまだからこそ、有り難い時間だったのだとつくづく感じる。

 深夜から早朝まで行われた稽古は、始発前には終わる。そして、座長から順番にタクシー券が配られ、次々と諸先輩方が帰っていく中、末端の若手は電車の始発待ち…と思いきや、我々にもタクシー券が!

 現在は、わからないが、私が所属していた当時は若手にまでタクシー券が配られていたのだ。これは若手も売れっ子になったと勘違いするはずだ。

 人生初めてのタクシー券を手に、業界人ぶって新宿の繁華街でタクシーを停め、本当にタクシー代が無料になるのかと内心ヒヤヒヤしながら、小平まで爆睡して帰路についた夜だった。 (文・新津勇樹)