普通は僕が一から作曲して"向谷風"全快でいくのですが、編曲の場合、どこまで自分流を出していいのかという問題にぶつかります。アレンジしすぎて何の曲だったのかわからないというのでは困るわけです。また、曲のどこを切り出すかという問題もあります。大体サビの部分になるわけですが、これを10秒間に収めるのは至難の業です。テンポを下手に変えてしまうと、原曲を崩してしまいかねないからです。そのため、メロディラインは基本そのままで、ハーモニーとリズムアレンジに"向谷風"を取り入れています。こうやって試行錯誤しながら、春夏の甲子園大会限定の列車接近音が毎回、出来上がっているわけです。

 出来上がった列車接近メロディは、毎回アーティストさんやレコード会社さんに確認をとっています。基本は一発オーケーなのですが、一度"向谷風"を出し過ぎて「もう少し原曲に忠実にお願いします」と注文されたこともありました。なかなか気を遣う作業ではあります。

 しかし、やりがいはとてもあります。甲子園球場が一年で「聖地」になる時期に、この「聖地」と一体となっている甲子園駅で僕のアレンジした曲が流れるわけですから、多くの人の記憶に残るメロディになるのではないでしょうか。すごく曲を有効的に使っていただけていると思います。夏の甲子園限定の列車接近音は、大会最終予定日の8月23日(水)まで流れる予定です。もし夏の甲子園にこれから野球を見に行かれる方は、ホームで耳を傾けていただければ幸いです。

著者プロフィールを見る
向谷実

向谷実

向谷実(むかいや・みのる)/1956年、東京都生まれ。77年に「カシオペア」のキーボーディストとしてデビュー。95年に世界初の実写版鉄道シミュレーションゲームを発売。鉄道各社に技術を評価され、運転士の教育用シミュレーターなども開発する

向谷実の記事一覧はこちら