スイーツ好きだった文豪・夏目漱石を悩ませた病気とは? 現代の医師が分析

連載「歴史上の人物を診る」

 歴史上の人物が何の病気で死んだのかについて書かれた書物は多い。しかし、医学的問題が歴史の人物の行動にどのような影響を与えたかについて書かれたものは、そうないだろう。

『戦国武将を診る』などの著書をもつ日本大学医学部・早川智教授は、歴史上の偉人たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたことについて、独自の視点で分析。医療誌「メディカル朝日」で連載していた「歴史上の人物を診る」から、文豪・夏目漱石を紹介する。

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【夏目漱石 (1867~1916年)】

 深夜まで原稿を書いていると、お腹がすいてくる。空腹を満たすものが手元にあれば、これをつまみながら仕事を続けることができる。職場でも家でもさらにホテルでも煙草が吸いにくくなった昨今、文士の友はお菓子になっているかもしれない。しかし、当然ながらこれを続けると血糖値も上がるし高脂血症も来す。決して長くはない生涯に、膨大な作品を残した明治を代表する文豪・夏目漱石も、知る人ぞ知る甘党であった。

■神経衰弱と胃潰瘍

 漱石(本名金之助)は1867(慶応3)年1月5日、江戸牛込の名主の家に生まれた。明治維新前後、生家の経済的没落から養子に出され苦労するが、大学予備門を経て帝国大学に入学、英文学を学ぶ。卒業後は愛媛県尋常中学、熊本の旧制五高に英語教師として赴任。1900(明治33)年には英国に留学し、3年後に帰国すると東京帝大などで講師を勤める傍ら、「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「倫敦塔」などを執筆する。07年には東大を辞して朝日新聞社に入社。「虞美人草」「三四郎」など連載小説に取り組み、流行作家となる。しかし神経衰弱と胃潰瘍に悩まされ、10年には東京・内幸町の長與胃腸病院に入院、その後修善寺で療養中、大量の吐血をして生死の境をさ迷う。いわゆる「修善寺の大患」である。病後の心境の変化が晩年の「則天去私」の思想につながるが、16年12月9日、胃潰瘍からの出血により死去した。享年49。

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