言わずもがなだが香川さんは女優歴70年にも及ぼうとする大ベテランだ。成瀬巳喜男監督作品「おかあさん」の長女役、小津安二郎監督作品「東京物語」の京子役、溝口健二監督作品「近松物語」のおさん役、黒澤明監督作品「どん底」のかよ役など、たくさんの名作傑作での名演が思い浮かぶ。周五郎との関連では、黒澤作品「赤ひげ」での鬼気迫る演技を披露した狂女役は忘れられない。

「山本周五郎先生には一度だけお目にかかったことがあります。明治座で市川染五郎さん(現:松本幸四郎)と『さぶ』に出ていたときに山本先生が楽屋を訪ねてくださり、『若い人が頑張ってくれているのは嬉しい』と激励してくださったのです。とても優しい方のように思えました」

 その他、キャスティング面での話題は、甲斐の初恋の相手・たよを演じた栗原小巻さんと、晩年の甲斐が心を許した女性・宇乃を演じた吉永小百合さんの共演だった。メディアは「“コマキスト”“サユリスト”の対決」と煽ったが、二人が直接顔を合わせするシーンはなかった。

 「甲斐は逆臣か忠臣だったのか」? 大河ドラマは8年目にして初めて、「歴史、或いは歴史上の人物の虚と実を考察」するドラマ作りの域に達したのだ。(文・植草信和)

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植草信和

植草信和

植草信和(うえくさ・のぶかず)/1949年、千葉県市川市生まれ。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。

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