こうした手法がとれるのは、2人の異色の経歴によるところが大きい。小林氏は中学校、高校、大学とフルコンタクト空手を習い、高校生のときには全日本選手権で第3位に輝くほどの腕前。小学館入社以前は自衛隊やキックボクシングの道場にも参加し、格闘技の腕を磨いていた。ヤバ子氏は中学校時代に剣道、高校時代に少林寺拳法、大学時代にやはりフルコンタクト空手に打ち込み、現在はブラジリアン柔術や総合格闘技を嗜んでいる。そうした経験と知識に裏打ちされたガオランVS金田戦は、掲載サイト上の人気投票でベストバウトの第2位に選ばれるほどの好評を博した。

「もうひとつ補足するなら、『ケンガンアシュラ』は原作と作画が分業制であることもこの手法をとる理由です。ヤバ子氏が物語や設定を考え、作画担当のだめおろん氏がその構想をもとに絵にしていくのですが、格闘の描写を口頭や文章で伝えるのは難しい。だから実際に戦っている風景を再現して理解してもらうのです」(小林氏)

■『ケンガン』から見えるマンガの可能性

 格闘技に限らず、経験者だからこそ描ける物語というものがある。そして、そうした作品が多くの人々の心を打つことは珍しくない。最たる例は、若者がマンガ家として成長していく姿を描いた『バクマン。』や、藤子不二雄A氏による自伝的作品『まんが道』などの「マンガ家マンガ」だろう。マンガを描くことの喜びやつらさが骨身に染みている作者だからこそ、生々しい感動や熱をはらんだ物語を作り出せるといわれる。

 原作者と編集者が格闘技に青春を捧げてきた『ケンガンアシュラ』にも同じことがいえそうだ。ヤバ子氏は「格闘家たちの血の通った姿を描きたい」と明かす。

「戦いを題材にしたマンガでは、敗北したキャラがその後登場しないということがよくあります。でも彼らにも感情があるし、敗北した後も人生は続いていく。だから勝敗に関わらずキャラを“描ききる”というのが自分に課しているテーマです」(ヤバ子氏)

 そんなこだわりが垣間見えるのが、試合を終えた後の闘技者たちの姿だ。苛烈な死闘を経ながらも、後のエピソードでは敗者が勝者を支えたり、親交を深めたりする様子が丁寧に描かれる。

「普通はそうなるはずなんです。格闘技をやっていれば負けることは何度も経験するし、アイデンティティを否定されたような悔しさを感じることもある。しかし同時に、自分を負かしたほどの相手なら応援したい、という気持ちが芽生えるもの。強い人が活躍するだけじゃなく、そうした交錯する感情を描いていきたい」(ヤバ子氏)

 近年のマンガ業界を見渡すと、ある分野に打ち込んだ経験をもち、それをもとにリアルな物語を創作する作家が目立つ。PL学園野球部で甲子園に出場した漫画家・なきぼくろ氏の野球マンガ『バトルスタディーズ』なども一例だ。もはや「描かれていない題材はない」とまでいわれるマンガ業界。しかし、こうした「経験者組」のひと味違った作品が新たなうねりをもたらすのか、注目したい。(文/小神野真弘)