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珍名踏切マニアが歩く! 「旭ガラス踏切」に「日石踏切」鶴見線沿線に会社名踏切が多い理由

連載「珍名踏切が好き!」

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横浜市の鶴見駅と京浜工業地帯の各地を結ぶ鶴見線の電車。国道駅にて

横浜市の鶴見駅と京浜工業地帯の各地を結ぶ鶴見線の電車。国道駅にて

旭ガラス踏切。会社名の旭硝子とは表記が異なるが、いずれにせよ渡れば同社の正門を入る

旭ガラス踏切。会社名の旭硝子とは表記が異なるが、いずれにせよ渡れば同社の正門を入る

今回紹介した踏切周辺の地図

今回紹介した踏切周辺の地図

 踏切の名称に惹かれて何十年の、いわば「踏切名称マニア」である今尾恵介さんが、全国の珍名踏切を案内してくれる連載。鶴見線はその成り立ちから、沿線に会社名踏切が多くある。支線が多いのも鶴見線の特徴で、各駅から伸びている支線にはさまざまな歴史や特徴があり、マニアならずとも楽しめる沿線だ。今回は鶴見駅を出発し、安善駅まで歩いてみた。

【地図や他の踏切写真はこちら】

*  *  *
 戦前から日本の近代工業をリードしてきた京浜工業地帯。その心臓部で昔から活躍してきたのがJR鶴見線である。この鉄道はそれら工場群に出入りする原料や製品を運び、従業員たちが職場へ行き来するための私鉄・鶴見臨港鉄道として建設された。このため必然的に踏切には会社名が目立つ。

●まずは旭ガラス踏切

 鶴見駅から数えて最初の「会社名踏切」は、3つ目の弁天橋駅の手前にある。首都圏にこんなにかわいらしい木造駅舎が残っていたかと驚く存在だが、周囲の工場群と意外にマッチしている。名前は旭ガラス踏切。正式な会社名は「旭硝子株式会社」であるが、踏切名の命名はけっこういいかげんで、それがまた“良い加減”であったりする。踏切を渡ってすぐが同社京浜工場の守衛所で、一般人は勝手に中に入れない。

 線路伝いに次の浅野駅へ向かいたいところだが、工場敷地を通れないので北側の産業道路をぐるりと迂回する。浅野駅で分岐する海芝浦支線は、東芝京浜事業所の巨大な工場の敷地へ入っていく路線で、同社の従業員専用線のようなものである。

 終点の海芝浦は改札イコール会社の入り口で、部外者が改札を出られない駅として有名だ。今では頻繁に訪れるマニアのために、東芝が好意でミニ公園を設け、そこで一服して折り返し電車に乗るのが愛好家たちの行動様式となっている。

 歩いて終点を目指したいところだが、浅野駅を出てすぐの末広第二踏切に掲げられた「この道路は東芝の私有地です。一般車の立入及び不法駐車、駐輪を禁止します」云々の文言を読めば止まらざるを得ない。踏切名となった末広町は東芝の工場を含む一帯で、町名は大正期に埋め立て事業を行った鶴見埋立組合の社長・浅野総一郎の家紋「末広」にちなんだものだという。ちなみに浅野駅も浅野氏の名字が由来。ついでながら、鶴見線の終点である扇町という駅名も家紋が由来である。

 次の安善駅も線路伝いには行かれず、北側を迂回(うかい)した。小さな運河を渡って線路際の東芝GEタービンサービス(電力用タービンの補修業務)の工場をかわして南下、安善駅前に出る。安善とは実業家・安田善次郎の省略形で、駅手前の踏切は「安善通り」踏切である。実は昭和18(1943)年に鶴見線として国有化するまで、安善駅は安善通駅という名称だった。つまり、ひそかに過去の駅名を名乗る踏切なのだ。


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