常磐病院は、このような若手を引きつけている。その理由は「臨床経験を積めるだけでなく、加藤先生という超一流の研究者に指導して頂けるから」(森医師)という。

 私が感心するのは、常磐病院が地域の医療を盛り上げるため、投資を惜しまないことだ。RIIMも、その一環と考えればいい。

 大学に寄付講座で研究室を立ち上げるときに要する費用はおよそ3000万~5000万円だ。常磐病院のRIIMへの投資も、ほぼ同じレベルだろう。

 地方都市の中規模病院が、直接は診療収入に結びつかない研究に、これだけの投資をするなんて常識では考えにくい。

 医師不足にあえぐ自治体の常套手段は寄付講座だ。地元の大学病院に年間5000万円程度を寄付して、医師を派遣してもらう。私は常磐病院のやり方は投資だが、寄付講座は単なるコストにしかならないと思う。

 寄付講座の場合、金の切れ目が縁の切れ目。寄付を止めれば、医師はこなくなる。一方、研究投資は人材を育て、病院に「遺産」を残す。

 研究に本格的に力を入れ始めた2013年以降、共同研究も含め、常磐病院からは53報の英文論文が発表されている。この中には英国の医学誌『ランセット』に7報、米国の『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に2報掲載されたレターも含まれる。両誌は医学誌の最高峰で、世界中の臨床医が目を通す。このような発表を繰り返すことで、ゆっくりだが着実に常磐病院のブランドが確立されていく。下世話な言い方だが、広告宣伝費と考えれば、年間数千万円の価値は下らない。

 国公立病院は税金で運営されている。厳しい言い方だが、経営者にとっては「他人のカネ」だ。厳格には費用対効果を考えない。

 一方、常磐病院は自己資金。金の使い方を真剣に考える。だから、彼らは、このような金の使い方をした。どちらが若手医師を集め、病院や地域のためになるかは言うまでもない。常磐病院での医師の急増が、このことを如実に物語っている。

 昨今、地方の医師不足対策として、「若手医師の地方勤務を義務づけよう」や「大学医局の機能を強化して、地方に医師を派遣しよう」という暴論を聞くことがある。多くは大学教授や厚生労働省の関連病院のトップの主張だ。

 私は彼らの主張を聞き、情けなくなる。いずれも、自分たちの権限を強化しようといっているだけだからだ。資本・資源をいかにして有効活用するかという経営陣としての責任を放棄し、「規制を強化し、自分たちを守って下さい」と言っているに等しい。楽して、若手医師を確保したいという本音が見え隠れする。

 こんなことを続ければ、日本の医療レベルは低下する。自己資金で人材に投資し、地域医療を守るとともに、世界に発信する常磐病院を見習ってはどうだろうか。
(文/上昌広)

著者プロフィールを見る
上昌広

上昌広

上昌広(かみ・まさひろ)/1968年生まれ。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所理事長。医師。東京大学医学部卒。虎の門病院や国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年東京大学医科学研究所で探索医療ヒューマンネットワークシステムを主宰。16年から現職。著書に病院は東京から破綻する(朝日新聞出版)など

上昌広の記事一覧はこちら