そしてこの「Train Simulator+電車でGO! 東京急行編」が、僕や音楽館にとってまた一つ転機となるソフトになりました。実はこの時、東京急行さんから「運転士養成のシミュレーターの製作をお願いできないか」という話がきました。それまでゲームとしてマニアの方も唸らせられる出来映えのものを作ってきたつもりではいましたが、東急さんにも「自分達が普段使っているやつでもここまでのクォリティにはなっていない」と言わしめるほどのものになってしまっていたようです。ここから、主に運転士養成シミュレーターを手がけていくようになります。

 本当はゲームのほうも続けたい思いもあったのですが、やがてハードがプレイステーション3になり、ソフトの開発コストが跳ね上がっていったことで難しくなってしまいました。開発コストが上がるとその分多く売らないと採算が取れないので、自分で怖くなってしまったというのもあります。ちょうどそんな折りに、大宮の鉄道博物館や東武博物館、東急の「電車とバスの博物館」などから、今度は博物館用の運転シミュレーターを作ってくれという話がきました。こうした事業者向けのものはゲームソフトよりも制約がなく、理想的な鉄道シミュレーターが作れるといっても過言ではありません。結局ここ7、8年はゲームをやめて、運転士養成や博物館向けの運転シミュレーターに特化するようになりました。

 そうなると、実映像を使ったシミュレーターを作れるのは世界でうちだけなので、博物館があれば必ず製作の依頼がくるし、運転士さんの訓練用のものもどんどん依頼がくるようになりました。さらには、うちがJR東日本さんに依頼され、新幹線のシミュレーターを作り、それを使って安倍首相がアメリカやインド、マレーシアなど各国に新幹線の売り込みをかけています。例えばうちが製作した新幹線の運転シミュレーターがアメリカカリフォルニア州サクラメントにある州立鉄道博物館に常設展示されていますが、これも2015年5月に安倍首相がブラウン・カリフォルニア州知事に売り込みに行ったことがきっかけとお聞きしています。この時は、私も現地に行き、安倍首相、州知事にお会いしています。

 今思えば、「Train Simulator」の成功が鉄道会社の運転士養成に繋がり、さらに日本の新幹線の営業に活用されていく……鉄道と音楽好きの僕にはとても想像できなかった世界がいまこうして繰り広げられています。今では、僕や音楽館の社員が政府の新幹線営業に付き添うのが当たり前になりました。運転士養成シミュレーターのほうも事業拡大中で、音楽館ではここずっと人手が足りず、従業員を絶賛募集中です。

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向谷実

向谷実

向谷実(むかいや・みのる)/1956年、東京都生まれ。77年に「カシオペア」のキーボーディストとしてデビュー。95年に世界初の実写版鉄道シミュレーションゲームを発売。鉄道各社に技術を評価され、運転士の教育用シミュレーターなども開発する

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