講座中、受講生たちは下を向いたままだったり、無表情にしていることが多かった。自分の言ったことがうまく伝わっていないかと、「今言ったこと、分かりにくかった?」と湯浅さんが心配すると、みんな「え? とてもよく分かりましたよ」と不思議そうに言う。視覚障害のある人同士で話すときは、相手に自分の表情を見せることを意識していない。表情を変えると相手に感情が伝わることに気がつかなかったのである。

「そこで、仕草や表情も自分をよく見せるには大切だと伝えました。具体的には、受講生に楽しかったことや好きなことを話してもらい、いい笑顔になったときに『今のその表情! 口角の上がり方と表情筋が動いた感覚を覚えていて。その表情はあなたをとても魅力的に見せるから』といって表情を覚えてもらったりしました」(湯浅さん)

 湯浅さん自身、いいなと思ったらすぐに受講生に声を掛けた。すると講座を重ねるごとに受講生たちはどんどん生き生きしてきた。

 オーダーは服選びのことだったが、湯浅さんの目標は別のところにあった。

「受講生たちが服や表情を変えることで『今日カッコいいね』『最近かわいいね』などいつもと違う言葉を掛けてもらえるようになることが目標でした。うれしい言葉をもらえば自然に顔が上がり口角が上がります。自信も付きますよね。知り合う人も増えて、世界がグッと広がるでしょう。そうやって1つ1つ、幸せな気持ちを増やしていってほしかった」

 講座を受けて受講生たちの世界は広がった。また、湯浅さんも彼らと触れあうことで新鮮な感覚をもらったという。

「1つだけ色を見ることができたら何色を見たい? と聞いたら、女性の一人が『青を見たい。空の色と海の色は同じ青だというけどどう違うのか、それを見てみたい』と言ったんです。日頃意識していなかった『青』の違いが改めて感じられて、逆に見えていないことで『見えている』ものがあるのだと思いました」

 視覚障害者の数は全国に約34万人だという。目が見える、見えないの垣根を越えてお互いの持っているものを交換し合える機会が増えれば、それぞれが受け取る幸せの数はもっと増えるのではないだろうか。(ライター・有川美紀子)