その流れが突如として変化したのが、第3セットの第3ゲーム後。錦織が「肩の張り」をほぐすため、フィジオを呼びメディカルタイムアウトを取った時だ。

「ケイがフィジオを呼んで治療を受けていた3分間で、自分自身を落ち着かせ、気持ちをリセットすることができた。ケイは再開後に少しリズムを失い、そして僕はファイトした。あのまま試合を終わるのは嫌だと思ったんだ」

 後にシャルディが述懐する。このまま負ける訳にはいかないという意地が彼を踏みとどまらせ、同時に錦織はメディカルタイムアウトを機に「自分のリズムが崩れた」ことを認めた。

「ファーストサーブが入らなくて、相手に先に攻められる場面が増えた。彼もプレッシャーなく打ってきたし、自分のボールも浅くなった」

 追い上げられ、タイブレークまでもつれた第3セットを振り返りつつ、「ああいう場面でも、集中力を保てるようにしないと」と彼は自らに言い聞かせた。

 トップ選手に値しない……そう初戦の自分を省みた彼の言葉は、逆説的に、トップ選手の理想像が見えている事実を浮かび上がらせもする。「トップ選手には、あるべきショットやプレーの仕方がある。特にトップ4の選手などは、やっていることが明らかに他の選手とは違う」その“あるべき姿”を視野に捕らえ、錦織は「そこに入っていくために、磨きたいところがたくさんある」のだと言った。

 ならば次に対戦する韓国のチョン・ヒョンは、その姿を見せるにふさわしい相手かもしれない。

「彼(チョン・ヒョン)は12歳の頃から才能があると言われていたし、彼のここ数年の活躍はしっかり見ている」

 IMGアカデミーの後輩でもある67位の21歳を、錦織はそう高く評した。

 そのようなアジアからの才能の萌芽を「すごくうれしい」と言う錦織が、背を追う後進にどのようなプレーを見せるのか――趣深い楽しみは膨らむ。(文・内田暁)