■「老老医療」と「過重労働」の限界

 厚労省の発表によれば、20歳代の医師は男女とも週平均で80時間程度働いています。しかし、50歳代の男性は約70時間、女性で60時間に減ります。医師が高齢化すれば、医師を増員しても、その分だけ医師全体の労働時間が増えるわけではありません。

 高度成長期、医学部が40校新設されたことにより、日本の医師数そのものは増加しましたが、その1期生はすでに50代半ばを超え、「当直をこなせるバリバリの勤務医」から引退しようとしつつあります。

「2010年と2035年の医師数の内訳」を見ると、2010年と比べて、35年に増えるのは、もっぱら65歳以上男性医師と60歳未満女性医師であることは一目瞭然です。高齢医師が高齢者を診察する「老老医療」の世界が、日本の日常風景になる日は遠くありません。

 60歳以上の医師に、若手医師と同じような当直や救急患者対応はできません。老眼になれば、細かいところは見えなくなります。反応も鈍くなり、手術のミスも増えるでしょう。体力・持久力が必要な手術や当直業務は、医療安全のためにも、若手医師が行うべきでしょう。高齢医師は豊富な経験を生かして、外来を中心に診察してほしいものです。

 医師の過重労働も、医師不足によりさらに深刻化するだろう問題です。

 医師の平均労働時間は週80時間。20代の若い医師に限れば、週90時間労働はザラにあります。人を助けることを目的にこの道を志したとはいえ、さすがに心身の限界もあるでしょう。しかも、医師の過重労働は、そのまま医療の安全へ直結します。

 医師も人間です。当直の徹夜明けで睡眠不足ならばミスも出やすくなります。頻発する医療事故や医療過誤を受けて、医師の労働環境をせめて欧米の水準に近づけるべきではないかという動きも出始めています。

 欧米の医師の平均労働時間は、週50から60時間。つまり、現在よりも20~30時間も減らさなくてはいけないのです。

 医師が現状すでに過重労働であるという実態を踏まえ、欧米並みの労働時間を基準に、私が井元清哉教授らとシミュレーションしてみると、医師の毎年の養成数を今より55%増やさねばならないという結果になりました。

※『病院は東京から破綻する』から抜粋