珍名踏切マニアが行く! 駅名からして異例の「稲田堤」の謎 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

珍名踏切マニアが行く! 駅名からして異例の「稲田堤」の謎

連載「珍名踏切が好き!」

このエントリーをはてなブックマークに追加
JR南武線稲田堤駅の西側にある観光道(かんこうどう)踏切。あまり知られていない往時の「観光地」を今に伝える貴重な史跡?

JR南武線稲田堤駅の西側にある観光道(かんこうどう)踏切。あまり知られていない往時の「観光地」を今に伝える貴重な史跡?

観光道路を北上した所にかつての渡船場があった。昭和48(1973)年に廃止となったのを記念して建てられた石碑。ちょうどツツジが鮮やか

観光道路を北上した所にかつての渡船場があった。昭和48(1973)年に廃止となったのを記念して建てられた石碑。ちょうどツツジが鮮やか

古くからの通称地名に由来する天宿踏切の生き残りはこの「第三」のみ

古くからの通称地名に由来する天宿踏切の生き残りはこの「第三」のみ

今回紹介した踏切周辺の地図

今回紹介した踏切周辺の地図

 踏切の名称に惹かれて何十年の、いわば「踏切名称マニア」である今尾恵介さんが、全国の珍名踏切を案内してくれる連載。今回は「稲田堤」周辺の踏切を紹介します。

【地図や他の踏切写真はこちら】

*  *  *
 JR南武線に稲田堤という駅がある。所在地は川崎市多摩区菅(すげ)稲田堤一丁目1-1で、駅前には交通量のかなり多い踏切がある。この通りを160メートルほど南下すれば南武線に並行する府中街道に至り、北へ行けば570メートルで多摩川の堤防。この堤防が駅名の由来となった「稲田堤」だ。

 駅前の踏切は「観光道(かんこうどう)」踏切と名付けられている。これといって目立った観光地もないエリアでなぜ「観光道」なのか。駅の南側にある商店街の中で、歴史のありそうな1軒に入り通りの名前を尋ねてみたが、「そうですね……特に名前は聞いたことがありません。まあ商店街通りなんて呼んでますかねえ」と不明瞭な回答だった。名前の付いていない通りはいくらでもあるが、その昔は観光道と呼んでいたのかもしれない。

 観光といえば、稲田堤がかつて花見の名所だったと何かの本で読んだことがある。しかし稲田堤は、そもそも駅名からして異例なのだ。現在でこそ所在地も「菅稲田堤」という町名になっているが、昭和59(1984)年まではあくまでも菅の一部、おそらく2900番地の前後であった。

■堤防の名を付けた異例の駅名

 南武鉄道がこの区間を開業したのは昭和2(1927)年だが、ふつうなら大字や町村名を付けて菅駅とすべきところを、「稲田堤」とズバリ堤防の名を付けたのは、稲田堤が花見の名所として有力な観光地であり、その最寄り駅として乗降客を増やそうとしたからではないだろうか。そこで、『川崎の町名』という本で稲田堤を調べてみると、期待通りのストーリーが載っていた。

 日清戦争の戦勝記念にと、明治31(1898)年に当時の橘樹(たちばな)郡稲田村が、村を挙げて多摩川の堤防に250本あまりの桜を植えた。これが「稲田堤」として名が知れ渡るようになり、その評判が広まって王子の飛鳥山や小金井と並び称される桜の名所になったというから話は大きい。これは他の本で読んだ話だが、京王電気軌道(現京王電鉄)が多摩川の砂利を採取するために大正5(1916)年に多摩川原停留場(現京王多摩川駅)まで延伸するや、都心からの観桜客が多摩川の渡し船に乗って、稲田堤に大挙訪れるようになったという。

■観光道路と命名

『川崎の町名』によれば、南武鉄道の開通でさらに観桜客が増えたのか、<昭和六年に川沿いの川原と新田の両集落を併せて稲田堤と改称しました>とある。このあたりの小字は広いので、合併ではなく通称地区名の改称だ。踏切名の核心に触れる次のような記述があった。

<南武線(当時は南武鉄道=引用者注)稲田堤駅から多摩川の堤防へと通じる道にも桜の木が植えられ、観光道路と呼ばれました>

 これである。現在この道に桜並木は現存していない。昭和33(1958)年と35年の多摩沿線道路改修のために切られ、その後わずかに残った桜も昭和43(1968)年にはすっかり姿を消したとある。観光道路ではなく肝心の堤の桜も、通行車両の増加で排ガスを日夜浴びせられたことが災いして枯れてしまい、道路改修で切られたというから、飛鳥山や小金井と並び称されたという割には「稲田堤」の末路はかなり寂しい。地元民の愛情も離れていったのだろうか。商店街の人がご存じなかったのも、観光道路という名前で呼ばれなくなってから相当の年月がたったことを示している。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい