だが、作品を生むレコーディングスタジオでは、もちろん雰囲気がガラリと変わった。

「ものすごい集中力で音楽と向き合っていました。でも、ロケ先の食事の席や休憩時間は、恋愛の話が好きな聞き上手の女性でした。自分のことはほとんど話さずに、スタッフみんなの、いわゆる恋バナを根掘り葉掘り訊く(笑)。坂井さんはオンとオフのギャップの大きい人だったといえるかもしれませんね」

 アルバム『OH MY LOVE』に「Top Secret」という曲がある。主人公の女性が一緒に暮らす彼氏のためにシチューを作って待っているというストーリーを歌っているのだが、当時新婚の男性スタッフが、帰宅が遅くなることを妻に電話で伝えたところ、今夜はシチューだったのに、としかられたエピソードを歌詞にしたそうだ。つい打ち明けた実話が、楽曲になっていたことをそのスタッフは驚いていたという。

 鈴木氏の好きなZARDの曲は「マイ フレンド」と「My Baby Grand ~ぬくもりが欲しくて~」。坂井さん亡き後、聴くようになったそうだ。そして、アートディレクターのスタンスでは、ほかにも好きな作品が多い。

「坂井さんがオレンジ色を強く希望した『君とのDistance』。濃いブルーが美しい『ZARD BLEND ~SUN & STONE~』。シングルでは『My Baby Grand ~ぬくもりが欲しくて~』『かけがえのないもの』『さわやかな君の気持ち』でしょう。この3枚は坂井さんが特に気に入ってくれたからです。中でも『さわやかな君の気持ち』は思い出深いですね。犬好きの坂井さんが自分の顔写真を、ワンちゃんみたい! と言って喜んでいました」

 ずっとZARDのアートワークを手掛けてきた鈴木氏に坂井さんのイメージを色にたとえてもらうと、ブルーだという。

「ちょっとパープルがかったブルー。まさしく『ZARD BLEND ~SUN & STONE~』のジャケットのカラーです。初めて会った時の透明感のある坂井さんのイメージです。こうして話していると、ZARDによってデザイナーとしての自分が育てられたことをあらためて思い知らされます。素材の扱い方も、写真の撮り方も。デザイナーはつい構図や文字の置き方にこだわってしまいがちですが、大切なのは、素材、つまりアーティスト自身の魅力を最優先のデザインにすることです。構図や文字の置き方よりも、アーティストの写真を第一に考えることがベストなこともあるし、その写真もむしろ作り込まない方が良いこともある。長戸プロデューサーに『このままの状態で撮影してくれ』と言われた初めての撮影以降、あえて『デザインしないこと』を学べたのは大きかったです」

(文/神舘和典)

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神舘和典

神舘和典

1962年東京生まれ。音楽ライター。ジャズ、ロック、Jポップからクラシックまでクラシックまで膨大な数のアーティストをインタビューしてきた。『新書で入門ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)『25人の偉大なるジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。「文春トークライヴ」(文藝春秋)をはじめ音楽イベントのMCも行う。

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