幼い頃、母が言った「醜い顔」… 62歳まで残る憎しみとは

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 NHKの連続ドラマ「お母さん、娘をやめていいですか?」でも話題となった“母娘問題”。番組掲示板には、体験談や悩み相談が多く寄せられ、異例の盛り上がりをみせたという。3月13日に創刊した、女性向けの雑誌「Reライフマガジンゆとりら」でも、「私と母の六十年戦争」と題した特集を組んでいる。全六話ある母と娘のストーリーの中から、幼いころに受けた傷に苦しむ女性の話をお届けする。

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 62歳、独身の南田順子(仮名)です。84歳の母は“2駅”先に住んでいます。父の葬儀以来、13年会っていません。先日、私が体調を崩して失明の恐れがあると医師に言われ、母に電話したんです。そうしたら「あら、お母さんもあちこち悪いわ」と娘を心配する様子はなし。こんな態度は今に始まったことではありません。幼少時から母のことで悩んできました。つねられたり、机に腕を押し付けられて痣ができたり。小学校低学年の頃に甘えようとしたら、「醜い顔」と突き飛ばされたこともありました。私はブスなんだと思ってハンカチで顔を覆って朝礼に出たら、母が学校に呼びだされました。でも嬉しそうに帰ってきて、「いろいろ話すうちに、先生がお母さんのことを“お嬢様育ち”ですねと褒めてくれた」と。娘への暴言の反省はまったくなし。この人本当の母親?と思い、私は泣きながら小説を書きました。継母に苛められて「お母様に愛されたかったわ」と踊りながら死んでいくバレリーナの話。どこかに優しい本当の母がいるはずだと本気で思っていましたよ。

 地方の大地主の末娘として生まれた母は、20歳で10歳上の父と見合いをし、都会に嫁いできました。ところが、いざ一緒に住むと嫁姑で衝突ばかり。そこへきて私の顔と性格が祖母ソックリなので、八つ当たりしたんでしょう。私もどこかで運命なんだと諦めた……。でも高校を卒業して専門学校に行った時に転機が訪れました。私、職員と恋に落ちたんです。しかし家が釣り合わない、と両親に反対されて別れました。ひどく落ち込む傍らで、母は「私は立派なお父さんと結婚できたけど、あなたは違うわね」と。ああ、私は自分が変わらないと駄目になると思いました。それで好きな文章で身をたてようと決意し、22歳の頃に仕事で知り合った男性と結婚して家を出ました。

 それからほとんど家に寄り付かなかったけれど、40歳を過ぎて、父が教えてくれたんです。「じつは、お袋とそりが合わない母さんを里に帰す話もあった。でも田舎だと戻ってきたとウワサされるし、そんな可哀想なことはできなかった」と。その時初めて、母は幸せだったのか、と考えました……。祖母と顔が“似ていない”妹は母との関係が良好なので、万一の時のことは任せています。私は会いたくないはずなのに、散歩をすると実家まで足を延ばしてしまう。生きているうちにもう一度向き合えないかと、垣根越しに心が揺れるんです。(文・藤村かおり)

※『Reライフマガジン ゆとりら』より

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