「カメラが光をコントロールするものだとしたら、焙煎は熱のコントロールです。写真の仕上がりをイメージしながら、構図やピント、シャッタースピードや絞りを決めていくように、生豆に加える熱をコントロールします。どのタイミングでどれだけの熱と風を加えるか。きっちりフォーカスを合わせるだけでなく、場合によってはあえてピントをボカすこともあります。1種類ずつ豆の長所を考えながら、作り込んでいきます。業務用の焙煎機がカメラのマニュアルモードだとしたら、誰がシャッターを切ってもきれいな写真が撮れるようなオートモードの設定を作り上げるのが、私の役割でした」(後藤氏)

 精度が高い機械だけに、一段味わいを明るくしようと操作すれば、きっちりそれに応えてくれる。逆に言えば、ピントを間違った設定にしてしまうと、いつまでも間違ったところに合い続けてしまう。その絶妙なさじ加減で、100種類のプロファイルを作り分けるというのだから驚きだ。

 最後にひとつ、気になったことを質問してみた。自宅でこれだけの精度の焙煎ができるようになると、焙煎士が不要になり、結果的には自らの首を絞めることになるのではないか、と。

「確かに、最初にお話をいただいた時は脅威に感じたりもしました。でも、もう少し大きな視点で考えてみたんです。私が営んでいる小さな町のコーヒー屋は、大手では扱いにくい小ロットの新鮮な豆を、独自の焙煎でご家庭に届けたいという思いから始めたもの。つまり本当に美味しいコーヒーをご家庭で飲んでいただきたいとずっと思っているんです。The Roastによって、私たちが表現したかったことがより高いレベルでできるのなら、それが本来やるべきことなんじゃないかと。そして誰かがやるなら自分がやるべきだと、勝手に使命感を感じてしまったんです」(後藤氏)

 後藤氏は焙煎の世界を極めた人だが、この「The Roast」をマニアのおもちゃにするのではなく、一般の人にコーヒーに親しむ機会を増やすために使いたいという。

「コーヒーの魅力は、多様性にあると思うんです。絶対的に美味しいコーヒーがどこかにあるというわけではなく、人が違えば好みが違うのも当然。生豆と焙煎の違いから表現される差異を感じて、味わいを楽しんでいくことが、コーヒーをもっと好きになっていく道だと思います。そしていつか自分自身の美味しさを、ぜひ自分の手で作り出してみてほしいですね」(後藤氏)

(取材・文/佐藤渉)