「学生時代はほぼ引きこもり状態。アルバイトはしていましたが、それ以外は家から出ないありさまで、誰かと会うくらいならテレビを見たり、漫画を読んだりしていた方がマシだと思っていました」

 そんな人物にとってホストという職業はかなり敷居が高いように思えるが、なぜそれを目指したのか。

「ひとつは自分の境遇に行き詰まりを感じていたこと。大学時代はまったく勉強せず、就職活動も軒並み失敗。さらにギャンブルにハマって400万円くらい借金があった。ある時から『自分はこれでいいのかな』と焦るようになりました。もうひとつは、僕が大学生の頃はいわばホストブームで、ホストを題材にしたドラマやドキュメンタリー番組を目にする機会が多かったんです。ホストの『成り上がり』のイメージにひかれて、ダメ元で働き始めたのが最初の一歩でした」

 大方の予想通り、働き始めた当初は苦労の連続だった。客を前にしても何も話せず、先輩ホストからは「お前は地蔵か!」と罵倒された。何かを話せば場はシラけ、同期が次々と指名を取っていくのを見て焦りだけが募った。

 そんな彼がわらにもすがる思いで手に取ったのがビジネス書だったという。

「ホストの仕事は、意外なほど一般的なビジネスパーソンのそれに通じるところがあります。ホストはお客さまから指名されなければ仕事になりません。しかし、これは営業で契約をとったり、上司に気に入られてチャンスを与えられたりすることと本質的には同じ。だから本に書いてあることを店で実践したらめきめき指名がとれるようになりました」

 例えばコミュニケーションにおける「自己開示」のテクニック。自分の失敗談や恥ずかしいエピソードをあえて披露することで、心の距離を縮めるというものだ。信長さんは客の前で太っていたことを告白し、実際にぽっちゃりとしたお腹を見せることで、ホストになってから初めての笑いをとることができた。

 もうひとつ例を挙げれば、心理学における「ザイオン効果」。これは、親近感は接触回数(会ったり、電話やメールなどで会話したりした回数)に比例するというもので、当時の信長さんは1日に100件以上の電話やメールをし、店外でもできるだけ多くの客に会うように心がけていたという。

●「僕は特別な人間じゃない」

 理屈はわかる。多くのビジネス書に記されている技術に効果があることは証明されているし、それを実践していければ成果は出るはずだ。だが、同時に多大な労力が求められる。事実、信長さんはナンバー1になるまで「1日18時間は働いていた」という。これは大抵の人には不可能だ。結局、彼の方法は彼にしかできないのではないか。

 しかし、信長さんはそれを否定する。

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