周術期管理については、おのおのの病院が独自のやり方で実施しているが、同科では専門の理学療法士5人が、術前から患者に関わり、呼吸訓練や排痰訓練などの周術期管理に当たる。理学療法士は手術直後にもベッドサイドで声をかけ、翌日から一緒に歩く訓練などを再開する。痩せていて栄養状態が悪い患者には、補助食品などを用いて栄養状態を改善させている。

 15年に同科が80歳以上におこなった手術件数は11件で、合併症は遅発性肺瘻(縫い合わせた気管支と残った肺のくっつきが悪い状態)が1人。治療を受け元気に退院したという。高齢者では傷の治りが遅いため、こういう合併症はまれに起こることがあるそうだ。

「手術で大事なのは元気に帰ってもらうこと。手術は成功したけれど、寝たきりや在宅酸素が必要になったということはあってはならないと考えています」(同)

 課題の一つは、自宅などに戻った患者の支援だ。医療だけでなく、社会全体の仕組みづくりが大事だと棚橋医師は訴える。

「家族や支える人がいればいいですが、独居などで誰の支援もない場合は、いくら手術が成功しても術前のようなQOLを保つことは難しい。患者さんのなかには、『家に帰っても誰もいないから、入院していたい』という高齢者もいます」

 高齢者の手術の在り方については、現在、日本呼吸器外科学会の学術委員会が高齢者の肺がん手術の安全性と有効性を評価する調査研究を開始している。前出の光冨医師は言う。

「今は、ご本人やご家族と相談しながら、最適な治療を常に模索している段階です。患者さんの身体能力やがんの進行度に応じて、少し手術を手控え、肺の切除量を減らす、あるいはリンパ節の切除範囲を狭めるなど、個別に対応することはあります。患者さんやご家族に訴えたいのは、『年齢だけであきらめないでほしい』ということ。手術をして元気に復帰した高齢者もたくさんいます」

 ほかのがんも含めて、医師たちが科学的根拠に基づいて、高齢者に治療法を提案できるよう、今後の研究に期待したい。

(文/山内リカ)