そう話すのは、関西医科大学肝胆膵外科准教授の海堀昌樹医師だ。「高齢者のがんを考える会」のメンバーでもある。

 肝胆膵外科に限らず、近年の外科系学会では、「高齢者に対する手術をどうするか? 本当に余命は延びているか?」というセッションが設定されることが多くなってきたという。しかし、「腹腔鏡手術などの負担の小さな手術をすれば高齢者でも耐えられる。大丈夫です」という落としどころで終わり、エビデンスに基づいた本質的な討議はできていないと、海堀医師は話す。

「手術でがんは治っても、手術後数カ月経過して手術のダメージ、つまり免疫低下によると推測される肺炎などで死亡しているケースがあります。外科医は自分の対象とするがんを治せばそれでよく、他病死はあまり考慮しません。しかし、患者さんや家族からしたら、手術したことで寝たきりになったり、がん以外の病気を引き起こし死亡したりしたのでは、手術する意義がありません」

 現在、原発性肝がんに関する各病院での小規模なデータ解析では、高齢者と非高齢者の術後生存率に差はないとされている。多くの肝胆膵外科医は「高齢者への手術は問題ない」という認識を持っている。しかし、より多くのデータを解析し、他病死も含めた術後生存率を調べれば「高齢者の生存率は下がるのではないか」と、海堀医師は推測する。現在、日本肝癌研究会での全国の登録医療機関が報告している原発性肝がんのビッグデータを解析している。

 エビデンスがないからといって、現在おこなわれている高齢者の手術がすぐに否定されるわけではない。しかし、超高齢化社会の日本は今後も、これまで同様の治療方針でよいのだろうか。

 たとえば肝がんは、手術以外にもラジオ波焼灼療法、肝動脈塞栓療法という有効な治療法があり、どちらも手術に比べからだへの負担は小さい。内科で手術に向かないと判断された高齢者は、外科には送られてこない。

 原発性肝がんで全国1位の手術数を誇る日本大学板橋病院の消化器外科教授の高山忠利医師は、

「内科から、脆弱な高齢者は外科に送られてこない。来るのは、いわゆる『スーパー高齢者』で、そういう人はみんな肝機能がいいんです」

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