今季全日本王者に輝いた宇野昌磨。(写真:Getty Images)
今季全日本王者に輝いた宇野昌磨。(写真:Getty Images)

 昨年暮れの全日本フィギュアスケート選手権で初優勝した宇野昌磨。若手ながら、男子シングル史上6位に立つ総合得点の自己ベストも持ち、世界の先頭集団で走っているが、奇跡を経ていまの宇野の姿はある。

 広く伝えたいフィギュアスケートの奇跡は、いくつかある。高橋大輔氏が全盛期に出した自己ベスト(当時の世界記録)を、膝の前十字靭帯断裂後の現役終盤になって更新したこと。女子の力で小さくない体を制御し男子の技を10年に渡り見せ続ける、浅田真央(26)の3アクセル(3回転半ジャンプ)。

 16人で演技するシンクロナイズドスケーティングで、過酷な練習環境を乗り越え世界と戦う日本シンクロスケーター。なかでも、競技人生を大逆転した宇野の奇跡は、人々に勇気をもたらすだろう。

 宇野はジュニア時代から、技術面芸術面で評価されてきた名選手だが、ジャンプで苦労した。通常、ジュニアで先頭を走る選手達がシニアのトップ争いにも加わる。しかし、宇野はジュニアの争いで後塵を拝していた。世界のトップを目指す男子選手が中学生で3アクセルを演目に構成し始めるところ、宇野は高校生になってからだった。同年代のトップジュニアがショートとフリーで計3本の3アクセルを構成し、中国のボーヤン・ジン(19)の4回転が猛威を振るうなか、宇野は3アクセル1本の構成で戦った。その3アクセルも試合で回転を満たすことなく、高校1年生のシーズンを終えた。

 将来3アクセルジャンパーにもなれないかもしれない。宇野自身、そんな思いも抱えていた。フィギュアスケートでは、ジャンプの回転数が高得点を生む。ソチ五輪シーズンの当時でも、男子シングルの覇権には3アクセル3本の上4回転3本が必要だった。ジャンプが決まらなければ、世界のトップシーンは見えない。だが見えない未来を、10代半ばの少年は切り拓いた。

 いまの状況をどう打開するか、今日何が出来るかを考えて最善を尽くす。それが宇野の信条だ。「一日一日を精一杯」努めた。練習仲間の選手達も、「転んでも転んでも立ち上がる」宇野に鼓舞されてきたと口を揃える。

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