1時間ほどこの駅にいた。乗ってきた列車に乗って引き返す。それ以外の足はない
1時間ほどこの駅にいた。乗ってきた列車に乗って引き返す。それ以外の足はない

 さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版、「世界の空港・駅から」。第14回はタイのカンタン駅から。

*  *  *

 タイでいちばん美しいとタイ人がいう鉄道駅がある。カンタン駅だ。バンコクを夕方、南に向けて発車した列車は、翌朝、トゥンソンに着く。ここからアンダマン海方向に走り、昼前にカンタンに着く。終着駅である。

 そして1時間ほど停車して、バンコクに戻っていく。カンタン駅に停車する列車は、1日にこの1便だけだ。
時刻表を見るかぎり、寂しいことになってしまっていた。かつては駅に近いカンタン港からの物資をバンコクに運ぶ路線として存在感があった。しかしタイ国鉄の怠慢とトラック輸送が増えるなかで、便数は年を追って減ってきてしまった。

 タイ人、そしてタイ国鉄の頭のなかには、「乗り継ぎ」という発想がない。日本人にダイヤを組ませたら、幹線の停車駅であるトゥンソンとカンタンの間をピストン運行する列車をつくる気がする。しかしタイ国鉄はそれをしない。その結果、ますます便数が減ってしまった気がする。

 バンコクからの足を考えても、カンタンに近いトラン空港まで、LCCなら片道2500円ほどですんでしまう。列車は寝台車で1800円ほどだが、17時間もかかる。どうしても飛行機に流れていってしまうのだ。

 僕もLCCを使った。空港からトラン駅に出、そこから列車でカンタンに向かった。運賃は5バーツ、約15円。40分ほどでカンタンに着いた。

 駅のホームはやけににぎやかだった。彼らは列車が到着したことに関心も示さず、記念撮影に忙しい。そういう駅だった。海沿いにリゾートホテルがあるのだろう。そこから車でカンタン駅を見に来ていた。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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