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村上春樹でも谷崎潤一郎でもない 芦屋ゆかりの作家『須賀敦子』に根強いファンが多い理由

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第7回「芦屋文学サロン」では、芦屋ゆかりの作家、須賀敦子をとりあげる

第7回「芦屋文学サロン」では、芦屋ゆかりの作家、須賀敦子をとりあげる

 作家や本にまったく興味がない人であっても、村上春樹や谷崎潤一郎といえば知らない人は少ないのではなかろうか? この2人の作家の共通点はズバリ、兵庫県“芦屋市”。村上春樹の実家は芦屋にあり、彼も10代を芦屋で過ごした。また、谷崎潤一郎は代表作のひとつである『細雪』の舞台に阪神間を選んでいる。彼自身も芦屋で暮らしていた時代があり、芦屋という土地を大変好んでいたという。

 阪急芦屋川駅近くの『細雪』記念碑や、芦屋市の「谷崎潤一郎記念館」には、今でも多くの文豪ファンが全国から訪れ、"芦屋ブランド"の確立に一役買っている。

 しかし、芦屋ゆかりの作家はこの2人だけではない。忘れてならないもうひとりの存在、それは須賀敦子だ。随筆家であり翻訳家でもあった彼女は芦屋で生まれ、西宮の夙川、東京の麻布で育った。

 イタリアや文学をこよなく愛し、イタリアの有名な作家、アントニオ・タブッキの代表作『インド夜想曲』や、ナタリア・ギンズブルグの代表作『ある家族の会話』など、多くのイタリア作品を翻訳し日本へ送り出した。もちろん、翻訳本の面白さは原作の面白さがあってこそ、というのはわかっているが、流れるような美しい文体と、ユーモアに富んだ表現などは、他の翻訳家にはない須賀敦子ならではの世界観を表している。彼女の翻訳した本に触れたことで海外文学に目覚め、いわゆる"翻訳者買い"をするきかっけになったという話もよく耳にするほどだ。

 29歳でイタリア留学、32歳でイタリア人と結婚した後も日本とイタリアを行ったり来たりし、平成10年、「夙川のことを書かなきゃね、わたし死んでる場合じゃないわよね」という言葉を残し69歳で亡くなった彼女の作品は、今もなお多くの読者を魅了し続けている(代表作『ミラノ霧の風景』『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』など)。

 この秋、芦屋市および、芦屋教育委員会が主催する、第7回「芦屋文学サロン」(10月22日開催)では、そんな芦屋ゆかりの作家、須賀敦子をとりあげている。彼女の偉業を振り返る展示では、少女時代を過ごした小林聖心女子学院など、これまで世間にほとんどでることのなかったレアな映像を紹介する内容となっている。

 各地方自治体のブランディング力に注目が集まるなか、文化芸術を軸としたブランドの確立は大変有効であり、今回の芦屋市の取り組みはさすがといえる。読書の秋、文化芸術の秋を口実に、関西は神戸、芦屋、西宮あたりを訪れてみてはいかがだろうか。

■第7回「芦屋文学サロン」
http://www.city.ashiya.lg.jp/kouminkan/sugasalon_281022.html

取材協力:芦屋市


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