3時を過ぎるころには、客が来始める。並んだパンをじっと見つめて選び、缶コーヒーを手に取り、すっと場内に消えていく。これからおとずれる仕事のピークを前に、雑談をする人は少ない。

 店の裏では、ビニール袋に商品を小分けにする準備も進められていた。

「頼まれたお客さんには、配達もしてるんですよ」と八木橋さん。小分けのビニール袋は、20セット以上並ぶ。配達をするのも、八木橋さんの役目。袋のうちのいくつかを持ち、さっそく八木橋さんは配達へと出て行った。

 4時になると店の脇にある専用カゴへの、新聞の陳列も始まった。全国紙各紙と、スポーツ紙各紙。スポーツ紙は、全国紙の3倍の量がある。

 築地市場正門からまっすぐに場内へ入ってきたところにあるこの店の前は、往来が多い。5時ごろになると、出勤する帳場さんが次々とお店の前を通り過ぎていく。多いのは人だけではない。6時前にもなれば、3メートルに満たない店前の通路を、ターレが絶え間なくすれ違う。店の前にターレを一瞬止めて、さっとたばこを買う人もいた。

 5時半ごろから10時ごろまでは、とにかく客が途切れない。パンや缶飲料を選び、たばこの銘柄を告げる客とのやりとりが、延々と続く。同時に、八木橋さんによる発泡への飲料の補填(ほてん)も、絶え間なく続けられていた。

 売店の様子や成り立ちを書く以上に、この取材で私は、梅本さんのやりとりを書けることを楽しみにしていた。この日も、梅本節は全開。ごく一部ではあるが、紹介したい。

 総菜パンを買った客に「これ、おいしいのか?」とたずね、品物を選んでいる客へは、「これで終わりか? まだか? まだなのか?」とたたみかける。「姉さんおはよう!」と声をかけた客へは「邪魔なんだよ」と返し、「忙しそうだね」との声には「毎日忙しいんだよ」とこたえる。スポーツ新聞を買いに来た客には「どうした? 負けたか?」とからかい、丸刈りの客へは「あんたそれは、ハゲじゃなくて丸刈りなんだよな」と声をかける。

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