スパンブリー駅。駅員はいる。どんな仕事があるのかは知らない
スパンブリー駅。駅員はいる。どんな仕事があるのかは知らない

 さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版、「世界の空港・駅から」。第10回はタイのスパンブリー駅から。

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 列車を走らせる目的が、どう考えてもわからない路線がある。タイのノンプラドックとスパンブリーを結ぶ77.41キロだ。こんな地名を聞かされても、いったいどこを走っているのかわからないと思うが。

 バンコクの西にカンチャナブリーという観光地がある。映画『戦場に架ける橋』で知られるようになった、旧日本軍がつくった泰緬鉄道が走っている。この路線の起点がノンブラドック。バンコクからマレーシア方面に向かう幹線の途中駅だ。そこから中部タイ方面に向かって走る路線の終点がスパンブリー。時刻表ではそうなっている。

 スパンブリー行きの列車は、バンコクから1日1往復だけ走っている。バンコクを午後4時40分に出発し、ノンプラドック経由でスパンブリーへ。この列車が翌朝、スパンブリーを午前4時30分に発つ折り返し列車になる。

 乗る人は数えるほどだ。バンコクからノンプラドックまでは乗客もいるが、その先は寂しいかぎりだ。バンコクからスパンブリーまではバスで1時間半ほど。列車は3時間半もかかる。乗客が少ないのも頷ける。

 この路線は1963年に開通した。本来はバンコクからチェンマイに向かう幹線につなぐという、バイパス線を構想していたようだが、その工事が進まないまま54年。バンコクの人はもちろん、スパンブリーの人すらも忘れかけているのだが、タイ国鉄は、いまだ列車を走らせている。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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