そして、これから秋までは、中野さんが最も恐れる台風シーズンとなる。東洋ナッツ食品の庭園は瀬戸内海沿岸の埋め立て地にあるため、土壌は浅く、強い風にさらされると庭木が倒れてしまうこともある。04年に大きな台風が通過した際は、数本が倒れ、社員みんなで元に戻した。中野さんは台風の接近を知ると、ロープなどで木を固定して備えるが、心配でたまらなくなるそうだ。

 中野さんが丹精して育てたアーモンドは、桜よりも1、2週間早く花を咲かせる。このため近くを通りがかる人たちから「何の花だろう」と注目を集め、近隣の工場から「花見をさせてくれないか」という問い合わせが寄せられるようになった。そこで1986年から、毎年3月の2日間、庭園を一般の人たちにも開放する「アーモンドフェスティバル」を開催するようになった。

 庭園では現在、鉢植えも含め約60本のアーモンドの木が栽培されている。中野さんは、アーモンドフェスティバルに訪れた人たちが美しい花を愛でられるように、1年かけてお世話するのだ。「夏は暑いし、冬はしんどい。だけどなんとかフェスティバルを成功させたい、お客様に喜んで帰ってもらいたい、という気持ちで続けている」(中野さん)

 毎年約2万人が訪れるフェスティバルは、今や同社の一大イベントだ。アーモンドコロッケや揚げたてのアーモンドは名物となり、苗木を販売する中野さんの前には、長蛇の列ができる。以前に苗木を購入した人も、スマートフォンなどで撮影した写真を手に、栽培の相談に訪れる。中野さんは、肥料の与え方やせん定の方法など、寄せられる質問の一つ一つに丁寧に答えていく。

 アーモンドの木と共に歩んで約40年。庭園の整備も進み、中野さんは「少しは会社に今までの恩返しができたかな、とほっとしている」とほほ笑む。とはいえ、毎日木々に接していると、気になるところは尽きないそうだ。「ここもやりたい、あれもやりたい、と次々とやりたいことが出てくる。後悔せんように、すぐやらないとね」。脚立に上ってハサミを握り、せん定に励む。

「来年もいい花が咲いてくれるように、それだけが願いです」(中野さん)

 生まれ故郷から遠く離れた地に根を下ろし、美しい花を咲かせ続けるアーモンドの木。その姿は、鹿児島から出てきて神戸で働き、生き生きとした表情でハサミを握る、中野さんの姿に重なった。(ライター・南文枝)