築地には、「あたりまえ」だったはずのことが、今でも「あたりまえ」に残っている。森田さんの話を聞きながら、築地の魅力を再確認したような気持ちになった。

 ところで、水榮の水槽に浮かぶカゴに値札は付いていない。横になった(往生した)エビはバットにより分けられ、店頭に並ぶ。そのエビでさえ、キロあたり5000円から8000円を超える値札がつけられていた。生きたエビともなれば、一匹1000円は下らないものもある。それでも、水榮の値段は、買い付け客にとっては卸値。飲食店や魚屋で出される値段を想像すると、超高級店ばかりが想起される。ちょっとやそっとじゃ水榮からは引けないとの言葉を、思い出した。

 出荷時の梱包(こんぽう)も、細やかな配慮が行き届いている。水槽を持つお客へは、海水を張った発泡にポンプをつけたまま出荷。水槽のないお客へは、おがくずとともに梱包して出荷する。おがくずがたっぷり入った、子ども一人がすっぽり入れそうな木箱に水槽から取り出したエビを入れ、その都度冷凍庫で冷やしておいたおがくずをもみほぐし、箱やロー袋(ろうを塗った丈夫な紙袋)に詰める。この時もまた、エビの状態を一匹一匹確かめていた。

 梱包を終えたものの温度管理も個別に対応。市販の保冷剤だけでなく、ぬらした厚紙を凍らせた、森田さん独自の保冷剤を同梱(どうこん)させるなど、徹底している。

「わざわざ高いエビを買ってくれるのだから、一番いい状態で、向こうに届けたいのです」

 森田さんは、生粋の江戸っ子だ。1945(昭和20)年、9人兄弟の末っ子として東京に生まれた。終戦直前で、東京でも大空襲が続いていたころだ。現在の築地市場北部から築地本願寺付近の旧町名である小田原町に住んでいた当時、ある日の空襲で「日劇(現マリオン)へ逃げろ!」と皆が一斉に同じ方向を目指す中、まだ赤んぼうだった森田さんは母に抱えられ、現在の築地のエビセリ場付近にあった地下室に逃げ込み、一命を取り留める。築地が、森田さんの命を救ってくれた。

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