エビに触る時間を少しでも短くするために、次に触るエビへと目を配らせながら、触ってはより分ける動作を、素早く延々と続けていた。

「いいエビは、やっぱり奇麗なんです」

 そう言ってカゴを揚げて見せてくれたエビは、殻にはツヤがあり、尻尾は虹色をしている。触れば違いがわかると、触らせてくれた。私に良しあしは全くわからないが、確かに、殻の硬さや弾力性は、エビごとに異なるように感じた。

 水槽の管理も実に細やかに行っている。水を入れて凍らせたペットボトルを放り込んだり、砕いた氷を直接入れたりしながら、温度管理を欠かさない。また、塩分濃度計を使って、海水の塩気を常にチェック。2つある水槽の状態は微妙に異なり、それぞれ、水温は1.5度、塩分濃度は0.1パーセントの差があった。

「どういうわけか、夏場は水があまくなる(塩分が下がる)んだよね。あまくなった時は、うちは粗塩を使って調整してる。より海水に近づけられるミネラル塩を使うところもあるみたいだけど、俺はこれでいいと思ってる」

 森田さんはそう言って、粗塩の入ったでっかい容器を指さした。あまいほうが、エビの身が柔らかくなるとも。
 
 エビへの心遣いは、お客への心遣いでもある。

 忙しくエビの状態を確かめながらも、森田さんはカゴを揚げては、ゴシゴシとたわしで洗っていた。

「どうしても、カゴにヌメリが出てきちゃうからさ。それを洗っているんです。ヌメリを落としたほうがエビにとってもいいかどうかは、わかんないんだよ。でもさ、食すものじゃない。食すものを扱っている俺としては、洗っておいたほうが気持ちがいいからさ」

 さすがの心遣いだと私が話すと、森田さんは顔をしかめた。

「あたりまえなんですよ、そんなことは。私だけじゃない。築地では、みんなそうやってます。昔の商人(あきんど)は、『出迎え三歩に見送り十歩(出迎える時は三歩、送り出す時は十歩前に出て、客人をもてなす)』の心を持っていたと言うじゃない。そういうことなんだよ。それにさ、平成になってから、いろんなところで商人が『ごまかす』ことが増えてきたような気がするよ。最近あちこちで『おもてなし』って言うけど、あれもどうかと思う。それぞれのお客さんに心から応じることは、我々にとってはあたりまえのことなんだよ」

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