いただいたむき身で作ったエビハンバーグ。エビのおいしさを、改めて知った(撮影:岩崎有一)
いただいたむき身で作ったエビハンバーグ。エビのおいしさを、改めて知った(撮影:岩崎有一)

 2016年11月に豊洲への移転を控える築地市場。約80年に及ぶ築地市場の歴史を支えてきた、さまざまな“目利き”たちに話を聞くシリーズ「築地市場の目利きたち」。フリージャーナリストの岩崎有一が、私たちの知らない築地市場の姿を取材する。

【エビの目利きが撮った築地】

 仲卸にも、さまざまな種類の店がある。今回は高級エビを専門に扱う仲卸「水榮(みずえい)」で、50年間の目利き人生に幕を下ろそうとしている二代目の森田克巳さんにお話を伺った。築地最高峰のエビを扱い続けた目利きが、最後までこだわった美学とは。

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 築地市場の仲卸には、ロンドンの街並みにいたとしても何ら違和感のない老紳士がいる。フサッとした整ったあごひげに、細いふちの丸メガネ。薄いピンク色のボタンダウンシャツに、パリッとタックの入ったグレーのスラックス。おなかは出ておらず、スレンダーな体形。かろうじて長靴にだけ、築地っぽさが感じられる。エビ専門の仲卸「水榮」の代表、森田克巳さんだ。

 水榮で働くのは全部で3人。帳場を守り続けて20年になる三浦さんと、50年以上にわたって築地の場内で荷を運んできた野村さん、そして代表の森田さんの、徹底した少数精鋭部隊で編成されている。

「ちょっとやそっとの魚屋や店じゃ、水榮さんからは引けない(買えない)んですよ。うちなんかじゃ無理です」

 私に水榮を紹介してくれた魚屋さんは、そう話していた。店の広さは約7平方メートルと狭いが、ここには厳選された築地最高峰のエビがある。

 エビのセリが始まるのは午前5時過ぎ。森田さんは4時から店の準備を始め、4時半になると真っ赤なジャンパーを羽織り、きれいにたたんだタオルを腰のベルトに挟み、セリ場へと向かう。

 エビには、エビ専用のセリ場が用意されている。海水とともに生きたエビが入れられた発泡スチロールが、整然と並ぶ。それぞれの発泡には、海水に空気を送る小型の電池式ポンプが備え付けられ、ぶくぶくと泡を立てている。卸(おろし)5社が発行する、荷主名とエビのサイズが表記された「相場表」を手に、仲買人(仲卸のこと)は静かに品定めをしていた。森田さんも、エビを直接触りながら、相場表にメモをする。エビを触り、腰のタオルで手を拭い、メモをする動作を淡々と続けたのち、周囲の人々と世間話をしながら、セリが始まるのを待つ。

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