やまふ水産の店舗は広いため、帳場は全7カ所。それぞれの帳場は離れているとはいえ、ピークともなれば通る注文の声が重なりあう。注文だけでなく、あいさつや客と売り手のやりとりなど、もろもろさまざまな声も、あちこちで行き交っている。そんなあまたある声のなかから、自分の持ち場に通った注文を瞬時に聞き分け、すかさず伝票を起こしていくには、耳を利かせて集中力を高めねばならない。

「◯◯さん、いらっしゃい」と、それぞれの客に声をかけつつ、通される注文に「はい」「はい」と応じる間にも、次から次へと客がやってくる。常連さんのなかには、「あたしゃ、ここだよ!」と、帳場さんに向けて自分の位置をアピールする方も。1日にこなす現金伝票は200枚以上。目と口と、そして耳がフル稼働するピークは10時ごろまで続く。私が質問をしていては、四十八願さんの大切な耳と口を奪ってしまう。ピークが一息つく時間まで、私は「昼飯」を食べに外に出ることにした。

 四十八願さんは、やまふの帳場だけでも13年以上の大ベテランだ。カバン職人だったご主人と子ども3人の5人家族の家計を支えるために仕事を探していたところ、帳場の仕事を知り合いから紹介された。以来、母の介護をしていた2年間を除き、33年にわたり、帳箱を通して築地を見つめてきた。

「昔のほうが売れました。お金が飛んで飛んで。1万円もらいそびれたり、多くもらってしまったり。(1万円単位の間違いが気にならないくらいに売れた時期には)そんなことがいくらでもありました。今は、インターネットで買ったり、直接仕入れたり、現地(港)からスーパーへ納品されたり。昔と今とでは、流通がすっかり変わりました。仲卸を通さない仕入れが増えました」

「昔はね、お客さんが仲卸にアジ1匹を買いにきたりすると、『うちは小売りじゃねえんだから、よそで買ってくれ』って言われたもんです。キロ単位、箱単位でしか売りませんでした。時代が変わって今は、お客さんは無駄に(たくさんは)買いません。スルメ1杯、アジ1匹から買いにきます。店も、そういったお客さんに対応するようになりました。『これだけですみません』って申し訳なさそうに買いにくる若い人には、無理をしないで(くださいね)と励ましたりすることもあるんですよ」

 かつての忙しさはこんなものではなかったとは言うが、私の目には現在でも十分、目がまわるほどに忙しそうに映る。今でも四十八願さんは、仕事中になるべく水分を取らないようにしているという。トイレにたって帳場を開けるわけにはいかないからだ。

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